小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

練馬大根の食レポ

 いきなりだが、皆さんは東京都練馬区の特産品である、練馬大根をご存知だろうか。

 練馬地方の関東ローム層は大根の栽培に適した土壌で、江戸時代から栽培が盛んとなった。明治以降も東京人口の増加に伴い最盛期を迎えるが、昭和の中頃からは食生活の変化や都市化の波にのまれ、衰退していった。現在では、市場に出回ることがほとんどない、“幻”の大根である*1

 この記事は、そんな“幻”の練馬大根の食レポである。

 

 残念ながら、練馬大根は市場に出回っていない。

 年に一度だけ期間限定で販売されるが、すぐに売り切れてしまう。この記事を書こうとした時点では、既に今年の販売は終了してしまっていた*2

 これでは練馬大根の最もオーソドックスな食べ方である沢庵の食レポが出来ない。しかし、大丈夫である。元から沢庵の食レポをする気はあまり無かったのだ。なぜなら、市場に出回っていない食べ物の食レポをしたところで、需要が無さすぎるからだ。

 この記事で紹介するのは、実際に買いに行ける食べ物である。そう、練馬区には、市場に出回ってはいないはずの“練馬大根”の名を冠した怪しい食べ物がいくつも存在するのである。では、さっそく食べた感想を書き連ねていこう。

 

 

 

 エントリーナンバー① ねりまだいこん酵母食パン

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図1 ねりまだいこん酵母食パンの写真 包装には何も書かれていない。

 おそらく、最も有名な練馬大根に関する商品はこの食パンだと思われる。ネット上の記事の中には「練馬大根食パン」と紹介しているものも見られるが、正式には「ねりまだいこん酵母食パン」である。

 この食パンはデンマークベーカリーという練馬駅前のパン屋さんで購入することができる。店内外にいくつかポスターも貼られており、店側からも推し出されていることがうかがえる。

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図2 店内のポスターの1つ

 店内ポスターの説明には、「豊かな風味と深み」が特徴とある。店外ポスターでは「すっきりとしていながら味わい深い食パン」とあり、また、毎日新聞でも取り上げられたことがあるらしく、切り抜きが店内に飾ってあるが、その説明では「すっきりピュアでいて、味わい深い」がキャッチフレーズと書かれている。
 練馬大根の食パンと聞くと、中に大根が練りこまれているようなイメージを連想してしまうが、名前に酵母とあるように、大根そのものを使用しているわけではない。実際には、練馬大根表皮の菌から酵母として利用できるものだけを取り出してパンの酵母として使用している、ということだ。

 実食してみよう。

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図3 お皿に出してみた

  見た目は完全に普通の食パンである。

 そして味の方は……予想通り完全に普通の食パンであった。

 最近は高級食パンというジャンルが流行っている。高級食パンはただ値段が高いだけでなく、味の面でも普通の食パンよりも甘さが強い。一方で、ねりまだいこん酵母食パンは、本当に普通の食パンである。別に大根の風味がするとかではない。ジャムを付けて食べると美味しかった。

 わざわざピックアップしておいて「普通」というと、ネガティブな感想に聞こえてしまうが、決してそのような意図はない。 口惜しいことに私は食パンの専門家ではないので他の食パンと比較したりして「味わい深さ」を堪能することは出来なかったが、普通に美味しい食パンであった。そもそも店側としても、普通の食パンとは違う味がすると謳っているわけではないので、名前詐欺でもない。地産地消ですよといった程度のネーミングである。

 というわけで、練馬駅にお立ち寄りの際には、ぜひ、ねりまだいこん酵母食パンを買ってみていただきたい。 

 

 

 

 エントリーナンバー② 練馬サブレ 大根葉入り 

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図4 練馬サブレ 大根葉入りの写真

  練馬サブレは竹柴堂(ちくしどう)という和菓子屋さんが販売している。最寄り駅は西武池袋線大泉学園駅だ。価格は90円。

 店のホームページには「練馬区をゆる~く型どった練馬サブレ★ 練馬産の大根葉を刻んで練り込み、サクサクに仕上げてあります! ねりコレにも登録されている練馬区のお土産にぴったりです!」と紹介されている*3。ちなみに「ねりコレ」とは、練馬区が選定している「練馬のオススメ商品コレクション」のことである。

 そのねりコレの商品紹介ページには「練馬区の形をしたご当地ならではの「練馬サブレ」。個包装の袋には町名や河川の名前が印字されています。全粒粉の国産小麦粉を使った記事に練馬産の大根葉を練り込んだサクサクの美味しさは、お土産にも最適。郷土がわかるサブレは小学校の社会科の授業にも使われています。」と紹介されている*4。授業で使われてるって本当かよ……。

 まず目に付く特徴は、やはりその形である。紹介文の最初にあるように、練馬サブレは練馬区の形をしている。どうでもいいが、練馬区の形はオーストラリアの形に非常によく似ている。区のホームページでも言及されている*5

 逆に、形以外に特徴は無い。普通のサブレである。 写真からは分かりにくいが、よく見ると、ところどころ緑色の点があるような、ないような。いや、実物を手に取って目を凝らしても、緑色の点は一か所しか見つけられなかった。きっとこの緑色の点が、大根葉である。

 さて、問題は紹介文にある「練馬産の大根」という文言である。練馬大根とは言っていない。これが何を意味するのか、真相は分からない。私の推測になるが、練馬大根の生産には季節性があり、年間を通して安定供給することが難しいので、時期によって使用する大根が練馬大根だったり普通の大根だったりするのかもしれない。もしくは、練馬産なだけで普通の大根しか使用していないのかもしれない。

 食べてみると、普通のサブレであった。カリカリとした食感で、思っていたよりも甘い。大根の味は全くしなかった。あと、思っていたよりも大きい。まるで練馬区のように。

 

 

 

  エントリーナンバー③ 手作り最中 木村家のだいこん

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図5 手作り最中 木村家のだいこん

 西武池袋線の富士見台駅から徒歩5分、御菓子司 木村家さんで販売されている最中である。白い紙包みから飛び出す緑色の包装は、大根を表現している。

 店の通販ページの商品データを見てみると、原材料に練馬大根の葉と明記されている*6。練馬サブレの「練馬産の大根」のように誤魔化してはいない。これは確実に練馬大根ですね。少しテンションが上がる。

 包装を解くと、最中の皮と、さらに個別包装になっている餡が入っており、自分で組み立てる。

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図6 組み立てた最中

 写真を見ると、皮の表面にところどころ黒い点が確認できる。これが練馬大根の葉らしい。
 そして食べてみると、とても美味しかった。上品でくどくない甘さに、サクサクとした食感。非常にオススメである。え? 大根の味? しないよ。

 

 

 

 エントリーナンバー④ 練馬大根まんじゅう

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図7 練馬大根まんじゅう

 実は、練馬大根のまんじゅうは私の知る限り2種類ある。1つは最中と同じ木村家さんが販売している「木村家のだいこんまんじゅう」。もう1つは、写真の、練馬大根最中本舗 栄泉さんの「練馬大根まんじゅう」である。今回は諸事情により後者しか用意することができなかったが、機会があれば購入し追記したいと思う。実は同様に、栄泉さんにも店名に掲げているように練馬大根の最中があるのだが、こちらも用意することができなかったので機会があれば。

 さて、この練馬大根まんじゅうは、包装を見れば分かるように、大根の形をしている。包を解くと、図8のような感じになる。

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図8 包装を解いた写真

 まんじゅう自体も、白く、下側が先細っており、大根を意識した形となっていることが分かる。

 そんな練馬大根まんじゅうだが、商品裏の原材料の欄を見ると、砂糖、小豆、じょうよう粉、山芋、塩。そう、大根は入っていないのである。調べたところ、どうやら木村家さんのまんじゅうには練馬大根が入っているそうなのだが、残念ながら栄泉さんのまんじゅうには入っていない。練馬大根(の形を模した)まんじゅうということだ。この記事のコンセプト的には失敗である。

 しかし食べ物に罪はないため、食べてみた。餡の味が口の中に広がる。皮に含まれた山芋の味も感じる。絶妙なハーモニー。形以外はそこまで突飛ではない、普通のまんじゅうであった。

 

 

 

 エントリーナンバー⑤ 栄泉の練馬大根ようかん

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図9 練馬大根ようかん

 こちら同じく栄泉さんの、練馬大根ようかんである。パッケージの大根が可愛らしい。まんじゅうには練馬大根は使われていなかったが、はたして、こちらはどうなのだろうか。そう思いながら手に取って裏側を見てみると、原材料には大根葉と大根の文字が!

 少なくとも大根は入っているようだ。しかし、まだ安心はできない。練馬サブレのように、大根という表記だけでは練馬大根とは限らない。そう思いながらパッケージをあけたところ、以下のような説明が。

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図10 練馬大根ようかんの説明文

 なるほど。どうやら練馬大根を使用しているようであった。しかも、今までに出てきた表皮の菌や大根葉だけではなく、蜜煮という形で大根本体も使用されている。これには期待が高まる。時期によっては練馬大根ではないらしいが、これは生産量が少ないので仕方がないのだろう。

 また、「登山や旅行に 散歩の友に つれていってね。」とリアルな大根のシルエットが喋っているのが良い味を出している。

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図11 ようかん本体

 さらに中身を見ていくと、写真のようになっていた。左側の緑色のようかんが葉を使用したもので、右側の白色のようかんが蜜煮を使用したものである。登山や旅行、散歩に、と大根が喋っていたように、持ち歩きやすい一口サイズの個包装。
 そして食べてみると……大根の味がする!!!!!

 エントリーナンバーも⑤まで来て、大根の味を感じたのはこれが初めてである。緑色の方はしっかりと葉の風味が、白色の方も大分甘いが大根本体の風味がしっかりと残っている。サブレや最中は葉を使用していると言いながらも風味は無かったが、このようかんはそんなことはない。商品名に偽り無く、大根である。とても喜ばしい。でも本当のことを正直に言えば、ようかんに大根の味はそんなにマッチしていない。でも不味くはない。

 もし真に練馬大根の味を求める者が居れば、他のお菓子ではなく、このようかんを買うべきであろう。

 

 

 

 エントリーナンバー⑥ 練馬大根ドレッシング

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図12 練馬大根ドレッシング

 これまでの商品とは少し方向性の違う、ドレッシング。JAが売り出している商品で、練馬区やその近辺のアグリセンターなどで買い求めることができる。ホームページの商品説明には「江戸東京野菜「練馬大根」のおろし入りドレッシング。 サラダから焼肉まで幅広く使用できます。」とあり、大根おろしの形で練馬大根が入っているようだ*7。ここにきて、今までの中で最も普通の大根の使い方かもしれない。こーゆーのを求めていた。

 ドレッシング以外にも焼肉のたれもある。

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図13 焼肉のたれ

 また、今回は入手できなかったが、同様のシリーズにゆずポン酢しょうゆなどもあるようだ。なんで焼肉のたれも売ってるのにドレッシングの商品説明に「焼肉まで幅広く使用できます。」って書いちゃったんだろう……

 それはさておき、さっそくドレッシングをキャベツにかけて食べてみた。焼肉は用意できなかったので、焼肉のたれは割愛させていただく。

 しょうゆベースの味の中に玉ねぎやニンニクのアクセント。そして大根おろしの食感。この具材で不味いはずもなく、高いレベルで味がまとまっている。しょっぱすぎず、薄すぎず、クセになる後味。率直に美味しいと言える。

 これまでの食レポでひそかに私が感じていた違和感の正体が判明した。なぜ大根をお菓子に混ぜようと思ったのか。大根の本来の使い方はそうじゃあないだろう。なぜまっとうなドレッシングのような使い方をしないのか。繰り返しになるが、こーゆーのを求めていた。

 

 

 

 エントリーナンバー⑦ 練馬大根のど飴

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図14 練馬大根のど飴

 最後に紹介するのは、のど飴である。まんじゅうやようかんでお馴染みの栄泉さんの商品。

 パッケージ裏側の原材料を見てみると、練馬大根汁。練馬大根汁。なんだそれは。いや、飴にするからには、そのような形になるのは分かるのだが、どのように抽出したどのような汁なのだろうか……

 なんにせよ、練馬大根が使われていることははっきりした。最後の紹介が不発に終わらなくて安心である。

 見た目は普通ののど飴であるが、はたして味はどうなのだろうか。そう思い、個包装を破って口の中に放り込む。

 すると、口内に広がる、大根。大根だけではない。水飴特有の、のっぺりとした甘ったるさ。それでいて、鼻から抜ける大根の香り。甘さと大根さ。この2つは、決して統一されることなく、二重螺旋のごとく私の五感を駆け上がり、脳裏にとどいた。大根の存在感たるや、舐め終わっても数時間に渡り主張が続く。翌朝になっても鮮明に記憶から呼び出せるほどであった。

 好みは人それぞれであるが、ぜひ皆さんにもこれを体験してほしいものである。

 

 

 

 以上で食レポを終わりにしたいと思う。

 練馬大根を使用した商品は当初の私が想像していたよりもたくさんあった。しかして、どれも微妙にピントがずれているものが多く、謎の愛嬌を感じる。

 練馬区は東京23区の中では存在感の薄い方であろうと思う。住宅街なので、東京の日常生活の中で練馬区に来る用事は基本的に発生しない。そんな練馬区に燦然と輝く特産品こそが、幻の練馬大根なのである。でも幻だから、やはり存在感は無い。その幻の残照を辿ると出会える、謎のお菓子たち。もしあなたが何故か練馬区を訪れることがあれば、是非お買い求めください。