小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

『完全自殺マニュアル』鶴見済著1993年(太田出版)

 これまでの人生自殺したいなんて思ったことのない俺が、周りにいる死にたがりの道化どもより先にマニュアルに目を通したことで、もうやつらのリスカやODのごっこ遊びをみても動じなくなる。これが本書を読む第一のメリットだ。

 さて、本書はタイトルそのまま、自殺についての方法、注意点等を紹介するものだ。首吊り、薬、飛び降り等メジャーな10種類とその他の方法が、苦痛や手間、致死度といった指標をもとに比較される。読んでみて驚いたのが事例研究の厚さだ。各方法について、成功例と失敗例がたくさんあげられ、なぜ失敗したのか、この死に方はよかったなど著者が批評する。これで死ねないのかとかこんなのでも死ねるのかという発見があり、自殺を実行するうえでの参考になる。ただし、この時の記述の仕方が報告書的ではなく、遺書の言葉や自殺に至る動機なども含めて叙述的に書かれるので、一気に読んでいると気が重くなってくる。

 

 本書において一番いい死に方(コスパもいいし手軽、苦痛も少ない)として紹介されているのが首吊りと飛び降りだ。特に首吊りは絶賛しかないといってよく、さながら「自殺するならこれで決まりだね!」くらいのテンションで語られる。飛び降りもオススメされていたが、最低20階以上の高さが要るのと地面がコンクリートなこと、さらに木や屋根などクッションとなる物を避けることなどが手間になるそうだ。クスリもよさげだったが、出版から30年たった現在は薬の規制が厳しくなってそうなのが不安材料だ。ちなみに最悪は焼死で、政治的な訴えでもない限り止めたほうがいいとのこと。

 ODで死ぬためには薬を大量に購入せねばならないが、そんな怪しい客には店員が販売を拒否することもある。そもそも致死量がその人の体質や服薬歴に左右されるし、なんならクスリを溶かして静脈に注射するのが一番いい。リスカは動脈を切る必要があるので手首ごと切り落とす勢いでやらないとダメ。全体に言えることだが、未遂で終わった場合、何日も苦しんで死ぬか、重い後遺症が残る。腕の静脈切ったり風邪薬一瓶飲んだくらいで死ぬ死ぬ詐欺している繊細チンピラどもに情けをかける必要なんてなかったのだ。

 本書は自殺ダメゼッタイ的な道徳には反対しているが、かといって自殺を賛美しているわけでもない。あるのはバブル期の厭世観とでもいうべき「つまらない日常が延々続いてくことで生きている実感が薄れていく」無力感だ。なんとなく就職してなんとなく結婚して定年退職して死ぬ。日本経済の絶頂期に若者が抱えていた悩みは、今の時代からすると贅沢病にしか見えないだろう。

 本書と近い時期に発表されたハイロウズの『ミサイルマン』という楽曲の歌詞に「自殺するのが流行りなら 長生きするのも流行り」というフレーズがある。無意味に生きるくらいなら死んだ方がマシというスタンスで書かれた本書は、水たまりでも溺死できるし、タオルを結んでドアノブに引っ掛ければ首吊りできると身近な死のチャンスを教えることで、かえって自殺から特別感を消している。読んだ後には「こんなに死がそこら中に転がっているなら、むしろつまんない人生を生きてみるか」と消極的に生を肯定できる。

 ただこの読みが筆者の狙いどおりだったかどうかは謎だ。マニュアルと銘打った以上、本書に主張は存在しないはずなのだ。しっかり読み込んで実践するもよし、読まずに棚にしまっておき、根拠のない安堵を得るもよし。私のように後光として振りかざすもよし。なんにせよ、マニュアルがある以上、やって失敗した後に「知りませんでした」は通用しないのだ。