小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

今年はこういうの読みました2023

 2023年も終わりです。ゴールデンウィーク明けにコロナが5類になり、いよいよコロナ前の日常を取り戻していこうと思ったら円安で物価がどんどん上がっていく。インフルも大復活を遂げて、一難去ってまた一難という感じ。

 ですが、どれだけ世界が変わろうと、ベッドの周囲半径3メートルは14歳の頃から変わっていないのが個人的なところ。人間、結局のところ自分の毎日が穏やかならそれでいいのよと冷笑してみたところで、それでも少しずつ何かが変わっていく。それが何なのかを振り返るには、読んだ本を振り返るのが一番。そんなわけで、毎年恒例の会員たちが今年読んだ本の紹介です。来年もよいお年を。

 

ぽわとりぃぬ

西村賢太, 2014, 『一私小説書きの日乗(第1巻)』,角川文庫

 

 本作は、作者である西村賢太の2011年から2012年までの日常が記された日記文学だ。西村といえば、芥川賞を受賞した『苦役列車』が有名だろう。この代表作や本作のタイトルの通り、彼は私小説家だった。『苦役列車』の主人公北町貫多は、港湾の日雇い労働者で、貧しくて、喧嘩っ早くて、彼女もいない。今風に言うと弱者男性とでも表現される北町を知ったうえで、ではこの日記をどう読むべきか。

 やはり西村賢太は破滅型の小説家だったとも読める。もはや日雇い労働者ではないものの、不仲の編集者には露骨な態度をとるし、風俗通いをしている。毎日昼に起きて、深夜にドカ食いして大酒を飲む。なんと風邪を引いているときにも酒を飲むのだから、54歳の若さで急逝したのも頷ける。

 だが一方で、当たり前と言えば当たり前だが、人間それだけじゃ生きていけない。〆切前には終日原稿に集中しているし、バラエティ番組でオタ芸をやったりもしていたそうだ。無頼派な生き方といっても、まさか嫌いな編集者をいきなり殺すわけにもいかない。明日も生きていかなきゃいかない以上、超えてはいけない一線がある。それがフィクションのキャラクターと実在の人物の違いだ。

 本作は日記だ。つまり、信頼できない語り手である。私たちは彼の小説に彼の人生が反映されていると思って読むし、テレビで見る彼の姿を見て確かにそうっぽいとも思うが、極論それは本人しかわからない。日記なのだから、書きたくないものは書かないのだ。彼は自身の孤独をどう思っていたのだろうか。酒は家で独り飲みが多く、外で飲むときも、ばったり会った知り合いと飲んだことが1回あったようだが、それ以外の相手は編集者だ。先述の風邪は正月で、見舞いが来た描写はない。淡々とした描写からは意識して見て見ぬふりををしていた感が漂う。

 関連して、風俗に行った記述はあれど、嬢についての感想がないのが疑問だ。彼のイメージからいけば、ブスだなんだと罵る件があったっていいはずなのに。もっとも、これだけの売れっ子なのだから女の1人や2人いてもおかしくないが、それは彼のイメージには合わない。

 などと深読みしたところで、会ったこともない私にはわからない。人の中身なんて一生懸命覗こうとするもんじゃない。西村賢太は北町貫多のように、喧嘩っ早くてアル中の、風俗大好きなモテないどうしようもないやつで、そうかと思えば、稲垣潤一が好きで、敬愛する作家の月命日を欠かさない繊細なやつなのだ。本人がそういうんだからそれでいいじゃないか。

 

www.kadokawa.co.jp

 

10nies

四季大雅, 2023, 『バスタブで暮らす』,ガガガ文庫

 

 ライトノベルに多少なりとも関心がある方なら、作者の名前に聞きおぼえはあるだろう。2022年、電撃大賞小学館ライトノベル大賞を同時受賞した大物新人。学園やファンタジーといった「いかにも」な要素はほぼなく、シリアスな作風が特徴である。本作は2023年8月に刊行された最新作。暮れに発表された「このライトノベルがすごい!2024 総合新作部門」第2位に選ばれている。Amazonの評価も全76件で5段階中4.5。このうえないお墨付きだ。

 てっとりばやく感想をいうと、前評判ほどではなかった。

 先にあらすじを。主人公のめだか*1は子供のころから上昇志向がなく、感情の起伏も乏しい。進学と就職を適当に決めたら、会社の店舗研修でパワハラ店長に詰められ鬱病になってしまう。退職して実家へ帰ると兄の力を借りつつ浴室を改造して、Vtuber配信を開始する。自作キャラクターと兄のアイデアVtuberはどんどん人気配信者となる。そんな折、がんを克服した母に新たながんが見つかって……というストーリー。

 主人公の新卒1年目をとおして、現代社会の生きづらさやキャリアパスの変化に対する生き方の選択をテーマ軸としつつ、新型コロナやロシアのウクライナ侵攻を少しずつ盛り込んだ作品は、母親との死別と居心地のよいバスタブからの脱出という分かりやすい結末もあいまって、器用なストーリー展開だと感じた。ただ、これが新人賞応募作品だったら、個人的には最終選考に残るか残らないか、微妙なラインだったと思う。

 理由は大きく分けて2つある。1つ目はターゲット層が定まりきっていない。2つ目はめだかの置かれた状況が読者の感情移入を誘いにくい。順を追って説明したい。

 1つ目は作品自体の出来そのものとはあまり関係ない。ただ描写や細かい文章表現にラノベっぽい軽さがありつつも、展開はライト文芸というか、ジュブナイルというか……立ち位置が難しい。ようは微妙なのだ。扱っているテーマや読後感では、確かにゆるゆるのラブコメや造語てんこもりのファンタジー風作品よりもレベルの高い芸当をやってのけている。しかし、文章表現やキャラクター造形を含めて考えると、誰に読んでほしいのか、その対象がぼやける。

 2つ目はめだかが鬱で退職したあとの状況だ。手先が器用でアイデアマンのお兄ちゃんが配信機材もバズるためのショート動画もつくってくれました。なんとなくうまく配信がいって登録者数も伸びました、ついでに隣の家のイケメン幼馴染がずっと慕っています、でもフッちゃう……お母さんががんで亡くなっているので完全なご都合主義というわけでもないが、めだかはあまり頑張ってほしいと思えるキャラクターではない。

 

 といいつつ、世間の評価は冒頭に書いたとおり。精神的トラブルで退職しつつ、そのあとはうまくいって、泣きどころも抑えた今作は、現代を生きる人たちにとっては適度に自身の人生へ重ねられて、適度に気持ちよくなれて、適度に感動できる「ちょうどよい」作品なのかもしれない。

 

www.shogakukan.co.jp

*1:本名