前回の記事できいのコマ割りについて分析した。きいの作品全体を対象に他のエロマンガと比較するというアプローチを採り、きいという作家の語り方の特徴を明らかにしたが、個々の作品についての言及は薄くなってしまった。なので、各作品の分析結果を提示し、議論を補強したい。
本記事で取り上げるのは『放課後バニラ』だ。
その前に。マクラウドのコマ割り分類について
きいのエロマンガを論じる前に、分析方法であるマクラウドのコマ割り分類について復習する。これもこれで手薄になってしまったからだ。
マクラウドが注目したのは補完という読者の認識プロセスだ。補完とは、コマとコマに描かれた出来事の間を読者が想像で埋めること。なので、マクラウドのコマ割り分類は、間白(かんぱく、コマとコマの間)を基準になされる。
マクラウドは間白における補完を以下の6タイプに分類した。
- 瞬間→瞬間
- 動作→動作
- 主体→主体
- 場面→場面
- 局面→局面
- 関連なし
いちいち書くのがめんどくさいのでここからは瞬間型、動作型という風に表記する。
さて、具体的に説明する。まず瞬間型は、目を開ける→目を閉じるといった細かい動きを描いたコマ割りのことだ。また、ズームインやズームアウトのコマ割りもこの瞬間型に含まれる。この型はほとんど補完を必要としない。
また、マクラウドは言及していなかったが実際数えるにあたり私が瞬間型に分類したものとして、「何かに気づいたことを表す目のアップの小さいコマ」がある。例えば以下のようなコマ割りだ。
騎乗位をしている男が何かに気づいたシーンだ。このように小さいコマが大きなコマの上に乗っており、かつその中に描かれている動作が小さい動きだった場合は全て瞬間型に分類した。
動作型は、同じ人や物がアクションからアクションへと進行をするコマ割りだ。バットを構える→バットを振るといった動きがこれに当たる。主体といっているとおり、行動の主は人でなくてもいい。車が走る→木にぶつかるといったものも動作型に含まれる。
主体型とは、1つのシーンに留まったまま、コマ内に映る主体が変わるコマ割りだ。マクラウド自身も例示しているとおり、2人の人物の会話シーンが典型だ。「おはようマイケル」→「おはようジョニー」と1コマずつ書けばそれは主体型だ。同じく主体なので、人から物、物から物へと被写体が変わってもいい。
場面型とは、時間と空間の大きな跳躍だ。「一方そのころ」や「10年後」といったナレーションがつくコマ割りがこれに当たる。とはいうものの、日本のマンガ読者も鍛えられているから、今どきわざわざナレーションなんてついていない。マンガリテラシーがある国に生まれ育ったので忘れがちだが、この補完は読者の読みに大きなストレスをかける。
局面型とは、時間をほとんど無視した、同じ場所やアイデア、ムードの様々な側面にきょろきょろと目を向けるようなコマ割りのことだ。これは先に具体例を見たほうが早い。
パンツを見せた女の子の大ゴマの横に、それを見る男の顔のアップ、パンツのアップ、膨らむ股間、女の子の目というショットが配置されている。このページにおいて、時間は進んでいない。言い換えると、女の子がパンツを見せながらセリフを発するのと同時進行で、男の目は見開かれたし、股間は膨らんだし、少女のまなざしは真剣になった。このように、同時間帯の中の様々な局面を描き、間を持たせて雰囲気を表現するのが局面型のコマ割りだ。見分けるコツは、コマの順番をひっくり返しても支障がないこと。事例のコマだと、パンツを見せる女の子以外のコマの順番は別にこの通りでなくてもいい。
最後の関連なしは、実際には存在しない。なぜなら人はコマが並べば何かしらの補完をして関連を見出してしまうからだ。
このマクラウドのコマ割り論を使って、きいのエロマンガ全作品を分析したのが前回の記事だった。今回は、各作品(単話)がどのようなコマ割りだったのかを具体的にみていく。収録された順でみていく。
みていくにあたり、前回の記事で算出したきいの全作品における各補完の比率をここに再度書いておく。
瞬間型:4.7% 動作型:23.1% 主体型:41.6% 場面型:9.3% 局面型:20.5%
(※小数点第二位は四捨五入)
①スプラッシュ
記念すべき一発目にしてデビュー作だ。すでにきいが得意とするストーリーテリングの手法がすでに使われており、それは「唐突な時間ジャンプ」と名付けて前回の記事で論じた。そして本記事でも改めてコマ割りの比率を提示する。
前回の記事で指摘したほかに、本話で特徴的なコマ割りとしてこれが挙げられる。
フィニッシュに向けてセックスが盛り上がってきたシーンだ。このページのコマ数は1と数えた。4コマかとも思ったが、枠線もないし、1つのコマの中に色々なシーンが重なっていると考えた。エロマンガでしばしば見かけるこの画作りに、すでに名前がついてるかもしれないけれど、個人的に「コラージュコマ」と呼んでいます。
このコマは前のコマとの流れで、主体型になる。前のコマも2人の性行為を描いていたので動作型にもなりそうだが、1つの動作としてはつながっていないので主体型にしました。
②HITOMI
続く2話目は大学生の男が彼女の妹ともヤっちゃう話だ。『スプラッシュ』とは異なり、時間の流れは一直線だが、跳躍が2回ある。
『スプラッシュ』と比べると、主体と局面の比率が増えており、きいの平均に近いが、その意味合いは微妙に異なる。主体型が増えた理由は、男と彼女とその妹という3人の登場人物で話が展開するから。局面型が平均を上回っているのは、本話にぶち抜きが多かったから。ぶち抜きが多かったために、主体型や動作でよかったコマ割りも局面型になったのである。
例えば以下のコマ割りを見てほしい
この6コマの型の分類は、全部が局面型だ。駅弁ファックする男女とそれを(描かれていないがガラス窓越しに)見てオナニーをしている少女の2コマ目を主役にして、それ以外のコマはそのシーンの一部を切り取り別で映したコマだと位置づけられる。それは、2コマ目のキャラ3人がコマの枠線を超えて描かれている、言い換えると一番上のレイヤーにいるからだ。これによって、2コマ目以外が2コマ目を詳しく描写する副次的なものになった。3から6までのコマは、ぶち抜きの干渉が無ければ、主体型になっただろう。セリフが「あ♡」ばかりで時間の進みが遅くなっている(逆にもっと長文のセリフが多ければ、その分だけコマ割りごとに時間が進む)ことも主体型にならなかった要因だ。
このようなコマ割りが本話では多用されているので、局面型が多くなった。なお、ぶち抜きについてマクラウドは何も言及していないので、この判断は私の考えによる。
③といがーる
続く3話目は、女友達の家に宿題をやりに来ていた男が偶然大人のおもちゃを発見してしまい、流れでヤっちゃう話だ。
単行本の流れをふまえると、1話目に語り方が戻った、といえる。場面型の3回は時間の跳躍で、本話の時間の流れは、現在→過去→現在→現在、となる。最後の跳躍は、エロマンガでよくあるセックスが終わった後のピロートーク的な最後の1ページ、ちょっとしたギャグがあるあれだ。
ただ、『HITOMI』でやった語り方をここでも使ってはいる。
2コマ目から3コマ目の間白の距離を考えてほしい。冒頭で提示したマクラウドのコマ割り類型は、番号が大きいほど補完するのに体力を使う。主体型より場面型のコマ割りの方が、読者が想像で埋めるべきコマとコマの間の距離が大きいのだ。
ではこの「少女の目のアップ」→「種づけプレスのアップ」というコマ割りはどうだろう。「やあマイケル」→「おはようジョニー」の主体型よりは補完に体力を使うが、かといって時間や場所が大きく変わったわけではない。このコマ割りは、遠い主体型と判断した。このようにやや唐突なコマ割りをしてその場面を印象付ける(もしくはページ数が少なくなってきたからとっととセックスをさせたかったのか)語り方を、今後きいはしばしば使う。
④布団の中の宇宙
4作目となる本話は、修学旅行中に布団の中で男女がこっそり(そう思っているのは本人だけで周りで寝ている友達にはバレている)セックスをする話だ。
本話の特徴的なコマ割りについては、前回の記事で触れたのでそちらを参考にしてほしい。1コマ単位で場面転換を繰り返すコマ割りや、挿入前に在りし日の思い出を思い出す演出が初めて登場したのがこの話だ。こうした語り方は登場人物の主観を描いたものであり、これ以前の場面転換が時間や場所の客観的な移動であることとは種類が違う。きいという作家の語り方がこの作品ぐらいから固まり始めてきたと、個人的にそういう印象を持っている。
以上4作品について分析したところで、一度筆を擱かせていただく。このままのペースで続けるとまた1万字を超えそうな気がしてしまう。こういうブログ記事は5000字くらいがちょうどいい。次回お楽しみに。