小文化学会の生活

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【推しの子】 アクアはアイになりたいのか

 こんにちは。ヱチゴニアです。

 

 今回は『【推しの子】』という作品の考察をしようと思います。『【推しの子】』は赤坂アカ原作、横槍メンゴ作画で週刊ヤングジャンプにて2020年21号より連載中の漫画で、推しアイドルの子供に転生した双子が成長し芸能界へと足を踏み入れていく、というストーリーです。

 本記事は主に原作を第三十話まで読んでいる人を対象に書かれているので、盛大なネタバレを含みます。また、できるだけ補足しつつ書きましたが、それでも原作未読の人が読むには説明不足な部分が多々あると思いますので、ご了承ください。

 

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 【推しの子】第一話(無料です)

 

 本作は星野 愛久愛海あくあまりん(以下アクア)と星野 瑠美衣るびい(以下ルビー)の双子によるダブル主人公です。

 双子の母親は、伝説的アイドルと称される星野アイ(以下アイ)。彼女の「星野アイ」という名前は明らかに「星のeye」と掛かっていて、彼女は特徴的な星マークを両目に湛えています。 

星野アイ 1巻表紙より 

 一方でアクアとルビーの目に注目すると、カラーイラストから両人とも自身の名前の宝石のような色をしていることが分かります。そして何より目を引くのが、アクアは右目のみに、ルビーは左目のみに、星を宿していることです。

 アクア(左)とルビー(右)のカラーイラスト 作者Twitterより

 そう、両目ではなく片目なのです。このことはキャラクターデザインとして、どう考えても恣意的です。彼らが片目のみを受け継いでいることは、彼らがアイの特徴を半分ずつ受け継いでいることを象徴しているように思えてなりません。

 では、だとしたら、彼らがそれぞれ受け継いだのはアイのどのような特徴なのか。その疑問が、本記事を書くきっかけとなりました。

 

 さて、受け継いだ特徴を分析するためには、まずアイの特徴を知らなければなりません。幸いなことに、天才役者と称される黒川あかねが第二十八話にてアイのプロファイリングを行っています。

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黒川あかねによるプロファイリングの様子 第二十八話より

 黒川あかねは徹底した役作りによって後天的に両目に星を獲得し、アクアに「俺は黒川あかねに星野アイの幻影を見てる」(第三十話)と言わせるほどなので、そのプロファイリングは的を射ているものと扱って問題無いでしょう。

後天的に両目に星を獲得した黒川あかね 作者Twitterより 

 黒川あかねの列挙しているアイの特徴は量が多いため、その中でも重要だと思う要素を以下に書き出しました。

・特徴的な瞳

・自信家

・希薄な友人関係

・秘密主義と暴露欲求

・破天荒な言動に反し完璧主義者

・無頓着さと過度な執着

さらに、黒川あかねによるプロファイリング以外の特徴としては、

・美少女

・嘘吐き

などが挙げられるでしょう。これらの特徴について見ていきたいと思います。

 

 まず外見的な特徴として、容姿端麗であること。これはアクアとルビーの両方に当てはまります。二人の容姿がアイに似ていることは、作中でたびたび言及されていることです。

 このことは「アクアとルビーはアイの特徴を半分ずつ受け継いでいる」という仮説に反しているようにも思えますが、それは早計です。アクアとルビーがもし共通項を一つも持たない存在だとしたら、それはもはや赤の他人です。彼らは大前提として同じ母親から産まれた双子であり、似ていて然るべき存在なのです。そしてその前提があるからこそ、半分ずつ受け継いでいる≒似ていない、という状態が対となり映えるわけです。より端的に言えば二人は「外見は似ているのに内面は似ていない」という対比的な構造にあるわけです。つまり、アクアとルビーの差違について着目するのであれば、見るべきは、容姿などの外面的な部分ではなく、より内面的・精神的な部分となるでしょう。

 

 その上で他の要素を順番に考えていきたいと思います。

 特徴的な瞳に関しては、アクアとルビーが片方ずつ受け継いでいる外見的な要素です。外見には注目しないんじゃなかったのか。それはそうなのですが、こと瞳の星だけは別なのです。なぜかというと、この星は精神状態を表しているからです。例えば気分がノらない時は星は小さくなり、逆に感情が正の方向に大きく揺れ動いた時は大きく爆発したりもします。

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気分がノらず小さくなった瞳の星 第四話より

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感情が爆発して大きくなった瞳の星 第四話より

 その他にも、アクアの目の星はアイの死後から時々黒く変化するようになりました。これも彼の内面を表していると考えられます。万華鏡写輪眼みたい)

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黒く塗りつぶされたアクアの瞳の星 第二十六話より

 このように内面の状態に影響を受ける瞳の星ですが、片目の星を受け継ぐことの象徴的な意味合いとして真っ先に思いつくのは、既に述べたように「アイの半分を受け継いでいる」ということです。

 そして、右目と左目であることに意味を付与するのであれば、アクアの右目は左脳的な部分を、ルビーの左目は右脳的な部分を受け継いでいると深読みできるのではないでしょうか。科学的な根拠は置いておくとして、左脳は知性を、右脳は感性を連想させます。ダメ押しとして、瞳の色であるアクアマリンの石言葉は「聡明」であり、ルビーの石言葉は「情熱」です。実際に作中のアクアとルビーを見てみると、アクアの前世は医者で偏差値は70あり、映画監督の五反田泰志に頭のデキが良いと評されている(第十三話)一方で、ルビーはアイドルになりたいという"気持ち”が行動の中心にあることが節々から読み取られ、母親代わりの斉藤ミヤコには「ルビーの気持ちは止められない」(第十二話)と言われています。

 次に、自信家という特徴について。ルビーはアイドルグループのオーディションについて「手応えはある」(第十一話)と豪語しており、また、自身の可愛さを確信している点など、多くの場面で自信をうかがわせていることから、ルビーはアイの自信家という特徴を受け継いでいると言えるでしょう。一方で、アクアは五反田泰志に「双子の妹も騙せるんだから役者としては中々だ」(第十一話)と評されているものの「俺には演技の才能が無い」「俺はアイみたいに『特別な何か』が無い」「不相応な目標は持つべきじゃない」(ともに第十三話)と自己評価が低く、自信が無いことが分かります。

 友人関係を見てみると、「アイに友人らしき人を見た事はない」(第十話)とアクアが回顧しているように、アイの友人関係は希薄です。双子については、高校入学初日にルビーは友達を作ったのに対し、アクアは「いや別に友達作りにこの学校入った訳じゃないし…」と供述し、ルビーに「あっ……これ出来なかった奴だ……」(ともに第十九話)と引かれ、饒舌になって言い訳をする、というシーンから対比構造が見て取れます。この場合は、アクアの方がアイの性質を受け継いでいると言えるでしょう。

 

 アイは双子の父親が誰なのか誰にも明かさず、スマホも妊娠以後に買い替えて仕事用とプライベート用も分け、双子の父親には公衆電話で連絡を取っており、アクアに「本気で俺達の秘密を守ろうとしていた」(第十四話)と評されているように、徹底した秘密主義を貫いていました。

 また、秘密主義に似ている特徴として、アイは嘘吐きでもあります。この作品では、嘘というワードが繰り返し使用されます。アイはゴロー(アクアの前世の名前)に嘘は愛だと説き、斉藤壱護はアイを「本物マジモン嘘吐きアイドル」(第二話)と評します。

 これらのアイの特徴に対し、アクアは、妹のルビーをアイドルにさせないために躊躇なく人を騙したり、恋愛リアリティーショーでは「何重にも演じてる」(第二十八話)とユーチューバーのMEMちょに言われています。本人も妹に「嘘は身を守る最大の手段」(第二十三話)と説明しており、彼はアイの秘密主義で嘘吐きな部分を受け継いでいると考えられるでしょう。一方でルビーはアクアから「良くも悪くも純粋な奴」(第十話)と評され、寝起きドッキリがやらせではないと信じており、さらに自分達の初めての仕事に対して「嘘はいやだ」(第二十二話)と明確に嘘を拒絶しています。これはアイやアクアとは正反対な態度であり、おそらく物語が進行するにつれて、このスタンスの違いは際立っていくのではないでしょうか。

 黒川あかねのプロファイリングでは、秘密主義は暴露欲求とセットになって言及されています。しかし、現在のところ双子の親が星野アイであり、かつ2人が前世の記憶を持っている、という作中最大の秘密は問題なく隠し通されており、この暴露欲求が直接的に表れている部分は見受けられないでしょう。

 暴露欲求に比較的近い性質として、破天荒な行動について考えると、アクアはドラマ『今日あま』の撮影で「せっかくだから無茶苦茶やって帰るか」(第十六話)と考えて行動したり、黒川あかねの炎上騒動では「腹が立ってしょうがない」(第二十六話)と言って自殺未遂の件を記者クラブに垂れ込んでいることから、その片鱗が見られます。それ以外にも妹のアイドルグループメンバーに有馬かなを入れるきっかけになるなど、物語が意外な方向に大きく動く場面でアクアの破天荒さが絡んできます。ルビーに関しては、そもそもの描写がアクアよりも少なく判断が難しいという部分もありますが、前述のように純粋で裏表が無く嘘も吐かないタイプなので、暴露欲求からは遠いように思えます。(だからこそ母親や前世のことを暴露したいという欲求に駆られる可能性はありますが、今の所そのような描写はありません)

 破天荒な行動と並べられていた完璧主義者について。アイの発揮していた「完璧なパフォーマンス」(第二十八話)は、「鏡見て研究してミリ単位で調律」し「目の細め方口角全部打算」(ともに第四話)という努力に裏打ちされたものであり、秘密を徹底的に隠していたことなども踏まえて、完璧主義者であると言えるでしょう。この性質もまた、アクアが受け継いでいます。彼はアイの3台目のスマホのロックを破るために、4年の月日を費やして総当たり方式でパスワードを突き止めます。今のところルビーにこのような描写はありません。面白いのは、アクアの前世であるゴローにはサボり癖があったのに対し、アクアにこのような性質は見受けられないことです。

 

 無頓着さと過度な執着について。アイがミリ単位で表情を調律したのも、アクアが4年間かけてパスワードを突き止めたのも、過度な執着の結果と言えるでしょう。そして、アイが何に無頓着であったのかは分かりませんが、アクアには明確に無頓着なものがあります。それは、彼の前世です。少しメタ的ですが、そもそもゴローという名前しか登場しておらず、苗字すら分かりません。アイを死に追いやったであろう父親を見つけ出すことには執着し、そのためなら4年間の月日をかけることが出来るのに対し、自身の前世については「これはどうでもいい話だけど」と前置きをした上で「俺の死体はまだ発見されていない」(ともに第七話)とだけ1コマで片付けてしまいます。しかも、その1コマでもスマホで「ゴロー 医者 失踪」と検索しているだけであり、現地に赴いたり赴任していた病院に問い合わせをしているような描写もありません。もちろん前世の家族に連絡を取っているような描写もありません。いくら前世のこととは言え、これはあまりに無頓着ではないでしょうか。前述した描写量の差の問題もありますが、ルビーにこのような傾向は見受けられていません。

 

 ここまでで一通り列挙したアイの特徴をアクアとルビーに当てはめてきました。それをまとめると、以下のようになります。

アイの特徴 アクア ルビー
容姿端麗
目の星 右目 左目
自信家 ×
希薄な友人関係 ×
秘密主義と暴露欲求 ×
嘘吐き ×
無頓着さと過度な執着 ×
破天荒な言動に反し完璧主義者 ×

アクアとルビーがアイから受け継いだ特徴

 言いたいことは分かります。半分ずつじゃないですね。この表を見ると、アクアがアイに似ていて、ルビーは全然似ていないように見えます。これは何回か述べているように、現在のストーリーがアクアを中心に進行しており、アクアとルビーの登場回数に偏りがあるためだと考えられます。

出番が少ないルビー 作者Twitterより 

 また、今回は精神面を中心に考えたため列挙しませんでしたが、ルビーにはダンスや演技のセンスがあると言われており、これらの才能はルビーがアイから受け継いだものと言えるでしょう。ルビーについては、「歌はちょっとアレ」で「欠点」(ともに第十一話)であるなど今後のアイドル活動に対して気になる伏線も張られており、今後の展開が楽しみですね。

 

 

 

 言いたいことは分かります。タイトル回収してないですね。というわけで、この記事はもう少しだけ続きます。

 アクアの精神面がアイに似ていることが分かるにつれて、アイとアクアにはより大きな共通点があるように思えてきたのです。

 

 アクアが前世に無頓着であることに着目した時、同時にルビーの前世と転生後の関係についても少し考えました。そして、アクアとルビーは、前世と今世の関係でも対比構造を持っていることに気付きました。ルビーは前世から一貫してアイのようなアイドルになりたいという願いを抱き続けているのに対し、アクアにはそのような一貫性が無いのです。

 そして、アクアとゴローが一貫性を持たないことについて、より踏み込んで考えました。アクアの前世であるゴローは、サボり癖のある田舎(宮崎県山間部、高千穂のあたり?)の医者で、アイの大ファンです。そして転生後も、彼がアイのファンであることに変わりはありません。ここまでは一貫性は崩れていません。強いて言うなら、彼とアイの間に親子という新しい関係性が生じている程度でしょうか。

 この一貫性が大きくブレはじめるのは、アイの死に際の「二人はどんな大人になるのかな」「アクアは役者さん?」(ともに第九話)という言葉を聞いてからです。アイの死後、アクアは映画監督の五反田泰志に弟子入りします。五反田泰志はその時のアクアの様子を「絶対役者になるって顔」(第十三話)をしていたと振り返っており、アクアは一度役者を志望していることが分かります。ところが、その後アクアは「俺には演技の才能が無い」(第十三話)と判断し、役者を挫折して裏方を志望するようになりました。

 しかし、アクアは五反田泰志に、今でも「役者やりてーんだろ顔に描いてある」(第十三話)と指摘されます。その時彼の脳裏に浮かんだのは、「アクアは役者さん?」(第九話)というアイの言葉でした。このことから分かるように、アクアは本心では役者になるという思いを捨てきれていません。そんな中で、幼い頃に映画で共演した有馬かなと再会し、彼女の誘いがきっかけとなりアクアは役者としてのキャリアを再開していくことになります。

 アクアは役者になることについて「アイの願いを叶える為とか役者への憧れとかそんな高尚な考えは持ってない」(第十五話)とし復讐のためであるとしています。このことは第九話冒頭の『インタビュー⑧【役者】編』でも確認できます。しかし前述のように、彼は内心どこかで役者になりたいとも感じているわけです。

 この葛藤は、第二十九話で彼の中で表面化します。黒川あかねの演技にアイを重ねて、彼は「俺にとってアイってなんなんだ?」と自問します。それに対する自答は「ファン? 母親? それとも……」(ともに第二十九話)という形で終わっています。それとも……なんなのでしょうか。その答えは、彼の演技中の考えから読み取れます。彼は演技中に「俺にはアイみたいな才能がない」けど使えるものは「全部使ってでもアイみたいになってやる」(ともに第十七話)と明確に自身の理想像としてのアイを打ち出しているのです。つまり、アクアにとってアイは、役者としての“こうなりたい”という憧れの対象となったのではないでしょうか。

 これこそが、彼のブレです。ゴローはアイのファンではあっても、アイのようになりたいとは考えていませんでした。一方で、アクアはアイのような役者になりたいのです。はい、タイトル回収です。でもまだ終わらないんじゃ。

 

 葛藤していることからも分かるように、アクアは自身の本心について悩んでいます。復讐がしたいのか、アイのような役者になりたいのか、分からなくなっているのです。この状態は、アイの独白の中で出てくる「自分でも何が本心で何が嘘なのか分からない」(第八話)という状態に近いものだと考えました。

 アイは「私は昔から何かを愛するのが苦手だ」と振り返っており、だからこそ「こんな私は到底アイドルなんて向いて無いと思ってた」(ともに第八話)のです。その一方で「私は誰かを愛したい」「愛する対象が欲しかった」(ともに第八話)という思いがあり、それを解消するためにアイドル活動を始めます。そしてアイドルとして生きる中で愛しているという嘘を吐き続け、「いつかそれが本当になる事を願って」(第九話)いました。最終的にアイは、アクアとルビーに「愛してる」と伝え、「この言葉は絶対嘘じゃない」(ともに第九話)と確信を持って、死んでいきます。

 振り返って考えると、アイは家族を愛することができたのに対し、ファンのことは「今だって君の事愛したいって思ってる」(第九話)という刺された時の台詞から分かるように、最期まで確信を持って愛することはできませんでした。しかし、それでも彼女はファンを全力で愛そうとしており、自身を刺したストーカーにすら愛したいという言葉を伝えるほどに、歪んでいます。この姿勢こそが彼女の嘘は愛というポリシーに表れているのであり、この部分を洞察したからこそ黒川あかねはアイの「愛情の抱き方に何かしらのバイアス有り」(第二十八話)と判断したのでしょう。

 少し話がそれましたが、私が言いたいのは、アイとアクアには芸能活動のスタンスについて共通点があるということです。表にすると以下のような感じです。 

アイ アクア
誰かを愛したいけど愛せない 役者になりたいけど才能が無い
嘘を吐きつつアイドルをする 嘘を吐きつつ役者をする
愛せたが、嘘の代償として死ぬ ???

アイとアクアの類似点

 表中の???の部分は、作中の未来の話なので、まだ分かりません。しかし、アイとアクアの類似を考えていくと、不幸な結果が訪れることが示唆されているようにも思えます。彼は役者になれるのか。そしてストーカー化したファンから刺されてしまうのか。斉藤ミヤコはアクアに対して冗談半分に「そのうち酷い目見るわよ」「夜道には気を付けなさい」(第二十話)と忠告していますが、これが現実になるのかどうかは非常に気になるところですね。

 

 というわけで、考察は以上で終了とします。

 どうでもいいですけど、アクアとルビーの私服が地味に好きです。特に第十五話でお揃いのTWINSと描かれた服を着ているところとか仲が良さそうで推せます。

 最後に、『推しの子』という作品は「今死ねばアイドルの子供に転生出来るのでは」というネットミームから着想を得ている作品だと思うのですが、その条件をゴロー(アクア)は満たしているのに対し、さりな(ルビー)はルビーの生まれる4年前に亡くなっているため、“今死ねば”という条件を満たしていません。では、彼女が転生できたのは何故なのでしょうか。転生の謎は深まるばかりです。 


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