小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

カルチャーと社会のスムーズな接続 ―AVにおける「文系女子ブーム」から「草食系男子」へ―

 こんにちは、ぽわとりぃぬです。みなさんAVは好きですか。私は好きです。おおっぴらに言うのは憚られるものの、男子はみんな(最近では女子も少なからず)好きだと思います。今回はそんなAVのブームを題材に、カルチャーと社会の関係について考察していきます。夜中こっそり見るのが当たり前のAV。だからこそ、私たちの姿をグロテスクなまでに反映するのです。

 テーマは「文系女子ブーム」です。2019年9月号のソフト・オン・デマンドDVDに「このところ、にわかにリリースが増えている『文系女子』作品(p51)」とあるように、現在日本のAV界においては、文系女子がブームなのです。この「文系女子ブーム」の背景にいかなる要因があるのかについて考えていきます。

 こういう類の考察は巷にあふれています。個人的には、多くがカルチャーと(その要因とされる)社会背景とをあまりに直接つなげていると考えます。そこで今回私は、これらの考察が抱える問題点を乗り越えるべく、ブームと社会との間に「業界」という中間項を置いて考えていこうと思います。

 

 まず文系女子モノについて紹介します。これはエロの王道である「一見大人しそうなあの子が実はエロい」を踏襲しています。AV女優さんには眼鏡と地味な衣装を身に付けてもらい大人しさを演出し、いざ行為が始まれば積極的になるという流れになります。平たく言って「メガネ痴女」です。

 表記については「文系女子」以外にも、「文系美少女」「文系お姉さん」などと色々揺れているのですが、とまれこんな感じで、今AVでは「メガネをかけた一見大人しそうな痴女のお姉さん」が人気となっているわけです。しかしながら、「メガネ」も「(大人しそうに見えて実は)痴女」も「文系」も、決して新しいジャンルではありませんし新しい組み合わせでもありません。試しにFANZA動画で「文系」を検索してみました。ヒットした中で一番古い作品は『新・少女の道草Vol.4』で、配信開始日は2007年5月25日です。とはいえ表記が文系女子校生となっていたり、メガネもかけてなかったりで、痴女でもありませんが。

 

 ではどうして今、「文系女子」がブームになったのでしょうか。この問いに対して、まずは作品群をみていくことでアプローチしてみました。

 1つの要因として挙げられるのが、スターの登場です。つまりAV女優のブレイクですね。RUMIKAや泉麻那によって黒ギャルブームが、紅音ほたるによって潮吹きブームがもたらされたように、スターの登場によってジャンルも盛り上がるというのは、AVに限らずしばしば起こる現象です。

 今回の「文系女子ブーム」を牽引しているのは、深田えいみというキカタン女優だと考えられます。「月刊FANZA」の2019年4月号で表紙を飾るなど、現在ブレイク中の女優です。彼女は2018年11月、プレミアムというメーカーから『追撃フェラの達人 発射後チ〇ポも即復活!おしゃぶり大好き現役女子大生AV出演!深田えいみ』という作品でデビューしました。このタイトルを見てわかる通り、デビュー時から「文系女子」を謳ってはいませんでした。しかしながら、タイトルの「おしゃぶり大好き現役女子大生」という文句やジャケットでメガネをかけている姿から、後の「文系女子」に繋がる萌芽が見てとれます。とはいえこの作品、いざ行為が始まればメガネ外すんですよね。

 深田えいみが初めて「文系女子」をタイトルに冠した作品に登場するのは2019年3月1日、『文系女子が風俗で出てきて想像以上のテクでヌカれまくった件。深田えいみ』(Moodyz)です。メガネをかけた一見大人しそうな文系女子が嬢として出てきて、外れかと思いきや実はテクが凄くて痴女られまくってしまいましたという感じの作品なのですが、この作品が「文系女子」ブームのきっかけであると考えられます。なんせ最後までメガネ外してないですからね。

 その後現在(2019年9月5日)まで深田えいみが主演した中でタイトルに「文系」とある作品は以下の5つになります。括弧内はメーカーです。

 

3月26日『文系女子がこっそり即ズボ誘惑囁き時短中出し』(本中)

4月25日『むっつりスケベ文系女子のねっとり追い打ち中出しソープランド』(痴女ヘブン)

7月1日『彼女の上京NTR Part.2 カメラマンになる夢を抱いて上京し、都会の男に身も心も奪われた僕の文系彼女』(Moodyz

7月25日『文系お姉さんにごめんなさい射精!中出しをするために何度も何度も謝り続けた僕』(本中)

8月1日『ベッドの下NTR ある日、片想い中の文系幼馴染が僕をベッドの下に潜り込ませて嫌いな男とのイチャラブSEXをニヤニヤ見せつけてきたのにショックと同時に我慢汁が溢れた』(Moodyz

 

 キカタン女優でありブレイク中でもある深田えいみの作品群のうち、「文系」を冠したものが、上記の5つと『文系女子が風俗で~』を足して6つというのは確かに少ないと思えます。この事実は私の説を否定するのでしょうか。しかしながら深田えいみは、タイトルに「文系」とない作品でもメガネをかけて男を誘惑することがあります。また、作品の説明文で「文系」が出てくる場合もあるのです。リリース間隔が徐々に短くなっているという事実にも注目してください。というわけで、この6作品という数字は「深田えいみが文系女子ブームを牽引している」という説の否定にはならないと考えられます。というか私も調べてみて、タイトルに「文系」とある作品の少なさに驚きました。

 上記の6つのうち、『文系女子が風俗で~』と『むっつりスケベ文系女子の~』はシリーズ化したようです。どちらも深田えいみの作品が第一作目です。彼女が出演していない、『文系お姉さんがささやき騎乗位でじっくりねっとり犯してあげる』(プレミアム)というシリーズもあります。現在、「文系」や「文学」を冠した作品は、シリーズであれ単発作品であれ、多く発売されているのです。

 

 

 ここまで、現在のAV内における「文系女子」と「そのブームの要因」についてみてきました。ではこの「文系女子ブーム」の背景には何があるのでしょうか。ここからは「文系女子ブーム」の社会背景について考察したいと思います。その背景とは景気の上下と男性の意識の関係であり、つまりは「男性の草食化」といえます。

 

 草食系男子というクリシェをもう一度記述します。2006年、コラムニストの深澤真紀日経ビジネスオンラインで発表したのが初出です。この時は「草食男子」でした。2008年夏大阪府立大学教授の森岡正博が『草食系男子の恋愛学』を書き、同年11月、マーケティングライターの牛窪恵が『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』を出版しました。2009年に新語・流行語大賞トップテンを受賞したのは、深澤の草食男子の方でした。

 深澤も牛窪も著書で言及しているのですが、メディアで取り上げられ世に広まっていく中で、それぞれの定義からはズレたり拡大解釈されていったようです(深澤 2009:266;牛窪 2009:2)。参考までに草食男子研究会(2009:4)による草食男子の定義を以下に引用します。

 

 ①恋愛に縁がないわけではないのに積極的かつ能動的に行動を起こさない

 ②女性とも同性同士と同じような接し方で付き合える

 ③女性に対し、エッチの対象としてみる優先度が低い

 ④何事も自分だけで決めず、彼女や相手の女性に確認してから決める

 ⑤「男らしさ」の概念が極めて希薄である。

 

 「デートも割り勘」だとか「飲み会ではカクテルを頼む」だとか他にもいろいろ特徴があるのですが、私がここで注目したいのは「女性にガツガツしない恋愛に消極的な男子」であるという点です。気になる女性がいても自分からアプローチをかけることはせず、むしろ女性にリードされたいという受け身な姿勢というわけですね。

 

 この男性の草食化は1980年頃からじわじわと進行していたようです(草食男子研究会 2009:5)。1980年に男女雇用機会均等法が成立し、女性の社会進出が始まります。これによって経済力という男性の威厳が弱まりはじめます。86年にはトレンディドラマ『男女7人夏物語』が社会現象に。同ドラマ内では男女の婚前交渉が描かれ、「女性の性が能動的にな(佐藤 2009:177)」りました。とはいえ時代はバブル経済期。「アッシー」や「メッシー」が出現してはいるものの、まだ男性は威張っていられたようです。しかし、バブルが崩壊すると事情が変わってきます。長引く平成不況は当時の若者に深刻な影響を及ぼしました。「自分の面倒を見るのに必死で女性を口説くどころではなくな(佐藤 2009:185)」ってきたのです。

 97年の山一証券などの大手金融機関の倒産は衝撃的で、これにより大企業神話が崩壊します。2000年代以降、非正規雇用やフリーターはもちろん正社員の男性でさえも先の見えない将来に不安が募り、家族を養うということに自信が持てなくなります。女性にも自立する必要が生じ、共働き家庭も増えました。男性に「見た目より優しさ」「経済力より生活力」を、女性が求めるようになったのもこのころです(ibid:199)。2006年に婚活ブームが到来するといよいよ女性たちが「選ぶ側」へと転じました。かつて選ぶ側だった男たちは今では選ばれるために努力し、女性の目を過剰に気にするようになったのです(ibid:205-211)。

 1980年から2009年にかけ、男性の社会的な力はどんどん相対的に弱まったみたいです。この後リーマンショックもありましたし、現在のアベノミクスも成功しているのか失敗しているのかよくわかりません。個人的に生活が豊かになったとは感じませんし、企業は女性の雇用を推進しているしで、男性を草食化させる社会的な力というのはいまだに強いんじゃないかと思います。ただ深澤(2009:270-271)はこの流れに対し比較的肯定的なようで、バブル崩壊によって男性の生き方も多様化したのであり、草食系男子はその1つであると言っています。昔にも草食系男子のような男性もいたというわけです。

 

 草食系男子の歴史的背景と定義を記述することによって明らかになったのは、男性が男らしさをどんどん失っていく過程(変質というべきかもしれません)と、その帰結としての草食系男子の受け身な姿勢でした。現代において若い男性は自分に自信が持てず、女性に積極的にアピールすることができない。また女性の地位がどんどん向上し、男性はセクハラやら女性の権利に気を配らざるを得ません。そのようなハードルは、女性からアプローチしてくれば全部解消される。こうした背景の下、「一見大人しそうな女性に誘惑され優しく痴女られる」という文系女子モノがブームになったのだと考えられます。

 

 

 さて、こっからが本番です。4000字も費やしといてあれなんですが、いわばここまでは前振りです。繰り返しますが、このように作品(ないしはそのブーム)と社会背景を結び付ける考察はごまんと存在します。たとえばONEPIECEが社会現象になったのはゆとり世代にマッチしたからだし、ニルヴァーナがブレイクしたのはジェネレーションXという陰鬱な世代がアメリカに出現したからだとされていますし、2000年代初頭の日本でバトルロワイアル系の作品群が流行ったのは就職氷河期があるとされています。あえて文献は挙げませんが。

 このような考察を全否定するつもりはありませんが、どれも同じような批判ができます。それはつぎの2点です。「なんでそれじゃないといけなかったの?」と「逆の結果もいえるよね?」です。前者はつまり、別に世代を代表するならONEPIECEじゃなくてNARUTOでもよかったし、ニルヴァーナじゃなくてサウンドガーデンでもよかったわけです。後者はどういうことかというと、「仲間という横の関係を重視するゆとり世代だからこそ縦の苛烈な競争を描いた作品を求めたのだ」ともいえるということです。「陰鬱な世代だからこそハッピーな音楽を求め」たっておかしくないわけです。内定のために何百社も受けて疲れ果てた後、フィクションにまで生き残りをかけた戦いを求めるでしょうか。

 このような疑問点は「文系女子ブーム」にも当てはまります。ただし1つ目の問いに関してはすでに回答を示しました。「他のジャンルではなく文系女子がブームになった理由」は「深田えいみというスターが登場したから」と考えられます。深田えいみがメガネをかけた痴女だったからと言い換えてもいいです。

 ここからは2つ目の問いにアプローチしていきます。問いを明確にすると「草食男子はなぜAVに男性上位を求めないのか」です。結論を先取りすると「求めようにも今は時期が悪い」のです。なぜならAV業界が「男性上位を売り出しづらい流れ」の中にあるからです。作品(群)と社会は直接つながるわけではない。作品(群)と社会とは業界を媒体にすることで初めてスムーズに接続されるのです。

 

 2016年以降の健全化するAV業界について話をしていきましょう。まず、現在日本のAV業界は主に3つのグループに分けられます。SOD(ソフト・オン・デマンド)グループ、プレステージ、そしてWILLグループです。WILLは、かつてはアウトビジョングループというDMMグループの一員であったのですが、現在はDMMの手を離れております。WILLにはMoodyzやS1、アイデアポケットなどの有名なメーカーが所属しております。中村(2015:8)によれば、2015年頃、4000~5000億円の規模を持つAV市場はこの3つによって寡占されていたそうです。また、AV業界は、流通(配信・販売・レンタル)と制作(ビデオメーカー)、そして女優の世話(プロダクション)とが分業で成り立っている業界です(河合 2018)。

 2016年3月、「AV出演強要」が社会問題となりました。内閣府男女共同参画会議が動き、2016年中には労働者派遣法違反でプロダクション代表が逮捕、有罪となります。2017年には裏ビデオ制作でカリビアンコム関係の撮影会社社長、出演女優、男優が逮捕されました。

 2017年4月1日、出演強要問題を受け、メーカーと販売業者からなる団体「知的財産振興協会(IPPA)」、プロダクションの連合「日本プロダクション協会」、AV女優の連合「表現者ネットワーク」が手を結び、第三者委員会として「AV業界改革推進有識者委員会」が発足します。10月1日に後継として「AV人権倫理機構」が発足し、業界の改善に乗り出しました。

 2018年4月には新ルールを制定し、業界は再出発することとなりました。林(2018)によれば、この新ルールのもとでは、台本に書いてあるプレイ以外は撮れず、女優がうっかりアドリブをしたならば新しい契約書を用意せねばならず、モザイクも濃く大きくなり、またタイトルやパッケージの文言にも制約が増え、レイプや凌辱は「犯す」などに言い換え、かつ「本人の承諾を得ています」と書かねば審査が通らないそうです。

 

 このように2016年以降AV業界は「健全化」の道を歩んできたのです。そういわれてみれば確かに、痴漢やレイプモノのサンプルでは「本作品はフィクションです。実際に行った場合、法律により処罰されます」的な文言がデカデカとしつこいくらいに出てくるようになりました。このような状況は男性上位のAVに逆風になったと考えられます。ただでさえ審査に通りづらいうえに、「犯す」というマイルドな表現とデカデカとした注意書きは視聴者を冷めさせてしまうでしょう。昨今のフェミニズム運動も影響しているのかもしれません。つまり現在「男性上位を流行らせない力」がAV業界内外で強いのです。

 

 こうした業界内の動きがあったせいか、現在AV業界では逆NTRともいうべきジャンルが大きな流れを形成しつつあります。すなわち女性上位のジャンルです。本中の『彼女の妹に愛されすぎてこっそり子作り性活』は2015年4月から、同メーカーの『至近距離に彼女がいるのに耳元でコソコソ口説いてくるささやき誘惑中出し』は2017年11月からシリーズ化。またS1の『誘惑に負けちゃう最低な僕』は2017年8月からシリーズ化しています。ちなみに本中の2つには深田えいみの主演作があります。

 これら3シリーズは彼氏を寝取るのですが、同じように新郎を寝取る作品もこれからジワジワと増えそうです。なぜならAVメーカーの最大手ソフト・オン・デマンドが2019年8月23日『紗倉まな 結婚式最中の新郎に強制中出しさせる美人ウェディングプランナー』をリリース、9月10日には古川いおりの主演作がリリースされるからです。2人ともSODstarとしてメーカーの看板女優であり、まあ売れて当然でしょうねという感じです。逆NTRはまだまだ衰えなさそうです。

 上記に列挙した作品群はどれも、女性の方から男性に積極的に優しくアプローチをかけるのです。女性はいわば痴女なわけですが、妹や姉だったりウェディングプランナーだったりとその外見はセクシーな、いわゆる「女王様」による「逆レイプ」ではありません。普通の服装でありながら痴女なのです。男性上位のAVは制作しづらく、「一見普通でありながら実は痴女」である逆NTRが人気である、その延長線上に「文系女子ブーム」は位置付けられるのです。

 

 

 以上、本稿ではAVにおける「文系女子ブーム」を取り上げ、その背景について考察しました。作品と社会背景を直に接続するのではなく、その間にAV業界の流れ加えることで「文系女子ブーム」と「男性の草食化」がスムーズに接続できたのではないかと思います。問いに対する答えをちゃんと書いときましょう。「草食系男子が男性上位を求めなかった理由」は「求める草食系男子もいる。ただAV業界は男性上位を積極的に売ろうとしていない」です。

 「文系女子ブーム」の背景には、まず深田えいみというスターの登場がありました。次にAV業界の健全化という流れがあり、そしてその先に男性の草食化という社会経済的な大きな流れがあるのです。また、AV業界の健全化の背景にはフェミニズム運動という「社会」運動が関連してそうなことを見逃してはいけません。カルチャーに力を行使する「社会」は1つじゃないのです。

 本稿が明らかにしようと目指したのは、当事者(AV女優)、業界内の流行、業界を取り巻く法整備や社会運動、日本社会の移り変わりといった大小様々な力がせめぎあうことで1つのブームが構築されるという、まさにその複雑な現実です。それらすべてを本稿が記述できたとは思えません。ただ、ポップカルチャーと社会とを結びつける際には、その接続が唐突にならないよう、人類学者クリフォード・ギアツのいうような「厚い記述」をすることが必要なんじゃないでしょうか。

 

 参考文献 

 『ソフト・オン・デマンドDVD 2019年9月号』ソフト・オン・デマンド株式会社.

佐藤留美(2009)「女が男を選ぶ時代―雑誌『an・an』から見た変化」三浦展非モテ! 男性受難の時代』pp-165-211,文芸春秋.

 深澤真紀(2009)『草食男子世代 平成男子図鑑』光文社知恵の森文庫.

牛窪恵(2009)『草食系男子の取扱説明書』ビジネス社.

 草食系男子研究会(2009)『うわさの草食系男子』ゴマブックス

 中村淳彦(2015)『AVビジネスの衝撃』小学館