活動報告 エロマンガ読書会
皆さん、春ですね。ぽわとりぃぬです。新入生、新学年、新入社員といった新たな環境をよろめきながらも歩き始めた頃かと思います。あらゆる繋がりがリセット/更新されるこの時期、何か新しい楽しさはないかとネットをポチポチしてみたりもするでしょう。
そうしてうっかり当学会に辿り着いてしまったあなたに、本稿では、小学が開催したエロマンガ読書会の活動報告をしたいと思います。我々は去年の夏から秋にかけて、勇敢にも旧帝大にエロマンガを持ち込み、計3回読書会を行いました。結果的には女性も参加してくれ、また新たに会員となってくれた方もいました。
小文化学会はこのようにメンバーの探求心に寛容です。というより、あなたの自由な探求が小文化学会を作るといえます。本稿をとおして小文化学会の雰囲気を感じていただければと思います。
1.「マジメニエロマンガヨマナイト―エロマンガにおける田舎の表象―」
開催日時:2018年7月15日(日)、11月23日(金)
目的:真面目にエロマンガを読んでみる。テーマは田舎の表象・ノスタルジア
取り上げた作品
『うみべの女の子②』(2013年、太田出版)
ドバト「平成JC in 明治夜這い村」『平成 JC in 明治夜這い村』(2017年、ヒット出版社)
MARUTA「ナデシコヒヨリ」『少女は色づく百合に恋をする』(2016年、富士美出版)
鳴子ハナハル「蔵」『少女マテリアル』(2008年、ワニマガジン)
スミヤ「ヨバイド」『Romareda』(2006年、茜新社)
山本直樹「197X」、「BLUE」『BLUE』(1992=2001年、双葉社)
『YOUNG&FINE』(1992=2013年、復刊ドットコム)
山崎かずま「弩田舎」『おとなのまねごと』(2016年、コアマガジン)
絶世界少年「月の棲み家」、「恋のかみさん」『四季少女』(2018年、茜新社)
Etc…
1回目と3回目はテーマを同じくしていますが、会場とメンバーが違います。とはいえレジュメは同じものを使ったので、ここでひとまとめに扱います。
この読書会でのねらいは、エロマンガにおける「田舎」について考えてみよう、でした。エロマンガの社会背景を探るこの企ては、これまでのエロマンガ研究書の延長線上に位置するものです(米澤〔2010〕、永山〔2014〕、稀見理都〔2017〕)。
さて、「田舎を舞台にしたエロマンガ(以下、田舎モノ)」には2パターンあります。来訪パターンと在住パターンです。特徴は以下のようになります。
来訪パターン
・主人公(男/女)が都市から田舎へやってくる
・最初は田舎に対して嫌悪感を抱いている場合が多い。
・主人公が田舎の人々と交流(意味深)を深める
・主人公が田舎に順応する
ex. MARUTA『少女は色づく百合に恋をする』
ドバト『平成JC in 明治夜這い村』
大和川『たゆたゆ』
在住パターン
・主人公(男/女)が田舎に住んでいる
・主人公は、田舎に対して嫌悪感を抱いている場合が多い
・主人公は、田舎からの脱出/逃避を望む(または実行しようとする)
→地元でさらに友好を深めるケースも
・作者の自己物語と関連?
ex.浅野いにお『うみべの女の子』
水原賢治『露隠葉月』
山本直樹「BLUE」
このように類型化すると、共通点と相違点が見つかります。まず共通点は主人紺が田舎に対して嫌悪感を抱いている点ですね。主人公にとって田舎は、「ホント何もない」、「不浄」、「全員親戚みたいなもん」であり、一様に否定的です。
しかしながら、一般的に「田舎=懐かしい(ノスタルジア)=いい場所」の図式があるのも事実です。来訪パターンは最終的にこの図式へと収まるわけですが、在住パターンはそうではありません。それは作者の地元を舞台にした作品が後者に多いからだと考えられます。例えば『うみべの女の子』の舞台である大洗・水戸は、浅野氏の出身地の近くです。また山本直樹の描く田舎モノは自身の故郷である北海道を舞台とすることが多いです。在住パターンは作者の個人的ノスタルジアに根ざしており、その場合は否定的な感情が多くなりうるということなのです。
では、そもそも「田舎」とはどこのことでしょうか。次はここを検討します。つまり「田舎」と一口にいってもそのイメージは十人十色なのです。それは作品世界でのモビリティそして方言に注目するとよくわかります。
例えば、同じ現代を舞台にしていたとしても、モビリティは以下のように異なります。
絶世界少年「月の棲み家」:単線の鉄道路線がある
あかざわRED「なまけもの」「ふらちもの」「みじゅくもの」:バス路線のみ
このように、同じ田舎モノでもその程度には差があります。登場人物は年齢的に車を使えないため、彼らが田舎から脱出するにはこれらのモビリティを利用するしかありません。個人的には、ターミナル駅や新幹線の駅が近くにあるのは田舎じゃないと思います。地方都市です。地方都市に生まれ育った私としては、電車やバスが一日に10本以下くらいまでいかないと田舎だなあとは思えないんですよね。
つぎに方言ですが、これはわかりやすいかと思います。田舎という地域の本物性を演出するための装置といえます。上記の四作品でも、「こんな田舎だすけ」、「おおきに」、「だんだん」、「ガイな」など登場人物が方言を喋ります。
また、田舎モノは空間の移動に限った話ではありません。昔を舞台にすることもあります。その昔とは、江戸から昭和戦前までと幅広いのですが、つまるところ、時代を移動させることで「田舎の風景」に邪魔なもの(機械、高速道路、汚水)を排除しようという目論見なのです。加えてエロマンガの場合、「夜這い」という便利な装置が使えるようになるというメリットがあります。
ここまで田舎モノを検討してきて、「田舎」という表象の、主観性、柔軟性が分かったかと思います。どこが田舎かは個人のバックグラウンドによって変わるし、また時代や地域によっても変化します。現在、メインカルチャーのノスタルジーといえば昭和ノスタルジーです。この主流も令和になれば、いずれ「平成ノスタルジー」に取って代わられるかもしれません。最近見かける「バブル(の崩壊)」や「2000年前後」をテーマとした作品は、「平成ノスタルジー」の萌芽ではないでしょうか。
最後に、「エロマンガのポスト・田舎モノ」を考えます。すでに紹介した絶世界少年の「月の棲み家」「恋のかみさん」には、新たな田舎像が描かれているのです。ヒロインはスマホで母と連絡し、「イケボ」という若者言葉を使います。また小学生なのに彼氏持ちという今どきな要素もあります。両作品で特徴的なのは、作中で、舞台が田舎であると述べられていないことです。上記の2パターンに当てはめれば在住パターンになるのですが、登場人物たちは田舎を嫌と思ってなさそうなのです。本家と分家のしきたりやバカでかい仏壇など、彼らが田舎に暮らしているのは明らかです。
現代はネットやデバイスの発達により、田舎の不便さは少なくなりました。都会と田舎の格差が狭まったことにより、田舎への否定的なイメージが減っているのかもしれません。スマホで母と分家と本家のタテマエについて話す。これが新たな田舎モノの姿なのかもしれません。
2.「エロマンガ入門講座・読書会」
日時:2018年10月28日(日)13:00~15:00
目的:エロマンガの歴史および名作について共通理解を持ち、深めること。
読んだ作品
師走の翁『シャイニング娘。』(2002年、ヒット出版)
世徒ゆうき『ストリンジェンド』(2002年、ティーアイネット)
Hisasi『ポルノスイッチ』(2012年、ワニマガジン)
『少女のトゲ』(2013年、ワニマガジン)
ゴージャス宝田『キャノン先生トばしすぎ』(2008年、オークス)
他、雑誌数冊
「エロマンガにおける田舎の表象」は、テーマについて深く考察することを目指していたといえます。一方こちらの目標は「エロマンガについて共通理解を持つこと」でした。エロマンガという性質上、その知識・視野は個々人の性癖に大きく左右されます。それは不味いということで、名作と歴史を確認しようと開催されました。
そもそも、エロマンガ(成年コミック)って何でしょうか。エロいマンガというなら、青年向けのお色気漫画も当てはまります。エロマンガとそうでないマンガの区別は曖昧で恣意的なのです。なんせ、しずかちゃんでシコるやつもいるんですから明確な境界を引くのは難しいです。稀見(2018:359-360)は、「大人向けのマンガ雑誌であることを示すマークを自主規制として表紙に印字し、区分陳列して販売されている作品」と定義しました。しかしこの定義に従うと「成年マーク」が印字されるようになった1991年以前の日本にはエロマンガが存在しないことになってしまいます。彼自身も曖昧であることは強調しています。あくまで便宜的ではありますが、今回扱うエロマンガとはこういうものです。
さて、我々がエロマンガと聞いて思い浮かべる作品群は、いわゆるアニメ絵であるかと思います。現在のメインストリームであるアニメ絵のエロマンガを「美少女コミック」(下画像右)といいます。実はこちらは80年代後半に成立した新しいジャンルなのです。それ以前の主流は「エロ劇画」(下画像左)と呼ばれます。
エロ劇画から美少女コミックへの移り変わりには、AVの普及やアニメ世代への交代がありました(安田 2016:26-39;米沢 2010:285-289)。あくまで推測ですが、生まれたときからアニメに触れており、AVを手軽に利用できる世代にとって、あえて紙の上でリアルな女体を眺める意味が見いだせなかったのではないかと考えられます。余談ですが、1987年には「全日本美少女コンテスト」の第一回が開催され、1992年には「美少女戦士セーラームーン」が連載スタートしました。昭和から平成の変わり目には美少女が各種メディアで存在感を増してきた時期だったといえます。
美少女コミックは、萌えを重視し、白い絵・線の数が少ない・アニメ絵・学園・SF・メカ・ファンタジーといった要素を持つのが特徴です(永山 2018:36)。現実的でリアルな絵柄のエロ劇画と見事に対置できるのがわかるかと思います。出来た当初は少年漫画の置き換えという位置付けだったようで、SEXがない作品も多かったようです(稀見 2018:360)。
そんな美少女コミックですが、2018年現在の様相は、調査したところ、つぎのようになります。16の出版社から28雑誌が刊行されており、単行本のみを出版しているのが4社(海王社、久保書店、太洋書店、G-walk)ありました。二大巨頭といえるのが、ワニマガジン社とコアマガジン社です。前者といえば快楽天、後者といえばコミックホットミルクですね。2017年に最も売れた単行本、笹森トモエ『放課後の優等生』はコアマガジンから、2018年に最も売れた単行本、幾花にいろ『幾日』はワニマガジンからでした。現在優勢なのはワニマガジンのようです。コアマガジンは主力雑誌コミックメガストアが、刑法175条(わいせつ物領布等の罪)違反容疑で摘発され2013年に休刊してしまいました。編集長と役員も逮捕され、結構な痛手だったと思われます。
この2つに続いて、MUJIN、ヒット出版社、GOT、茜新社(順不同)などがあります。最も老舗の雑誌は富士美出版の「ペンギンクラブ」で1986年刊行です。ネット媒体のみの「comicクリベロン」という雑誌もありました。価格帯は400円から1000円です。唯一1000円を超えているのがGOTのコミックエグゼです。そのお値段のとおり高級感が漂います。茜新社のLOはその「エロマンガらしからぬ」表紙が素敵です。GOTのアンスリウムはPaNaMaの描く美麗な表紙が話題です。マニアックなエロが読みたい方には三和出版のコミックマショウがおすすめです。
このように広くて深い美少女コミックですが、ここでエロマンガを語る上で外せない作家を1人紹介しようと思います。それは、森山塔です。1984年に商業デビューした森山塔は、1985年に初単行本『よい子の性教育』を発表します。永山(2018:34-35)によれば、この作品が衝撃的だったというよりは、むしろ80年代をとおした森山塔の仕事が衝撃的だったそうです。考えるに彼のすごさとは、「エロい美少女コミックを切り拓いた」ことなのでしょう。
上述のように、彼がデビューした頃はまだ美少女コミックの揺籃期でした。直前にロリコンコミックという現在の萌えの前進となるジャンルが生まれ、革命を起こしました。この「エロければ何をやってもいい」時代に、「劇画でもロリコンコミックでもない美少女」を描き、美少女コミックのフォーマットを作ったのが森山塔なのではないでしょうか。
さて、森山塔の位置付けを確認したところで実際にエロマンガを読んでみましょう。選出したのが上記のリストにある作品群です。選んだ基準は売上、話題性でした。つまりたくさん売れた作品、話題になった作品が名作であるという商業主義強めの価値観です。これは、人の数だけ性癖がありそして性癖の数だけあるエロマンガの比較基準が売り上げくらいしか見つからなかったというのが理由です。しかし商品である以上、この基準は大きいかと思います。
そしてこれらの作品を回覧し、各自意見交換をしたというわけです。自分の性癖外のエロマンガを読むというのは貴重な経験です。読書会の醍醐味は人の読み方を窺えることだと思うのですが、各自あれやこれやと作品をリンクさせてそれを聞けるのは楽しいですね。当初の予定を大きくオーバーし夕方近くまでディスカッションを行いました。楽しかった。
3.おわりに
以上、本稿では活動報告として3回行われたエロマンガ読書会を記述しました。多くの人にとって、エロマンガとは「道具」であると思います。ヌキたくなったら使って普段気にかけることは少ない。しかしエロマンガだって「作品」です。あまりそう見られることは少ないですが。
2つの読書会は、視角は異なるにせよ、どちらも「作品」それ自体を読み込むものであり、かつ「作品」の背景を考察する試みでした。その結果、エロマンガにもメインカルチャーと比べて遜色ない重み・厚みがあるということがわかりました。むしろ、猥褻でグロテスクで「隠すべき」ものだからこそ、人の深いところにある感性を揺るがす力があると思います。
最後まで読んでくださったあなた。もしよかったら本棚の奥の方に隠した「道具」を、マジメに読んでみてはどうでしょうか。
参考文献
永山薫(2014)『増補 エロマンガスタディース』ちくま文庫
―――(2018)「身も蓋もなくエロス」『ユリイカ9月臨時増刊号 総特集●山本直樹』青土社
安田理央(2016)『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』太田出版