小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

今年はこういうのを読みました2017

 2017年も終わりですね。何かを達成したような、達成できなかったような1年でした。ただ、読んだ本は確実に糧になったといえるはずです。そんなわけで(?)会員が読んだ本をおのおの紹介して、今年の小学の活動を締めくくりたいと思います。

 〈10nies〉「美少女」の記号論 アンリアルな存在のリアリティ 

      日本記号学会編 新曜社

 2015年に開催された日本記号学会第三五回大会の内容を中心にまとめた本書には、大学教員はもちろん美術館の学芸員、評論家、アーティスト、更にはご当地アイドルのプロデューサーが参加しており、様々な視点から現代社会に氾濫する美少女を論じています。多分野の識者による考察・分析は、それだけ美少女が捉えにくい存在だということを仄めかしています。

 本書ではかつて男性知識者層の身勝手ともいえるまなざしで形成された「少女」から、消費社会の成長に伴い「美少女」が誕生し、その多様性が急速に広がる様相を掴もうとしていますが、個人的に興味深かったのは小澤京子氏の展開した「少女の人形性と自己身体の人形化」という小見出しがつけられた考察です。元来、少女は男性を受けいれるのを静かに待っている「処女性」を持つ存在とみなされていたけれど、時代を経るにつれて愛情の受動者のみならず、そういった欲望や生死を超越した意味合いを帯びてきて、さらにはフィクションではない、現実の世界において女性自身が人形性を獲得しようと試みる動きも起きている。むろん庇護されるものとしての少女性は現存するため、少女はより複雑な存在になっているという内容でしたが、こういった読解がなされること自体が少女が受動的ではなく能動的な存在になりつつある証拠なのかな、と思わされました。

 ほかにも多角的で専門的な分析が盛りだくさんなので、現代の美少女の表象に興味がある方は一読なさるといいかもしれないです。個人的にはとてもいい刺激になりました。

  

 〈エチゴニア〉 はじめての暗渠散歩 水のない水辺をあるく

         本田創/髙山英男/吉村生/三土たつお 筑摩書房

 本書は4人の著者による暗渠についての解説集です。時間・空間軸における暗渠の在り方、車止め、文学作品の中の暗渠、暗渠散歩の実例など、様々な切り口から平易に包括的な説明がなされており、まさしく入門書という位置付けに相応しい一冊といえます。また、すでに暗渠に片足を突っ込んでいる人にとっても良い知識の整理となるでしょう。誰にでもおススメできる良著です。

 人の営みには歴史と地理の広がりがあり、暗渠という概念はその一部として時間と空間に根付いて日常の陰に横たわっています。文学作品の中で暗渠は開渠であった状態との対比として描かれることが多く、幼き日々に遊んだ川が想い出と共に消え去ってしまう描写は、暗渠が時間的に開渠の延長上に存在し決して独立したものではないということを思い出させてくれます。東京オリンピック大阪万博と社会が発展していく裏側で腫れ物扱いを受け蓋をされ姿を消した多くの川は、しかしなくなったわけではないのです。
 散歩の実例では、数年越しに暗渠を見てみるとその痕跡が消失してしまっていることなどが取り上げられており、暗渠が保存の対象ではなく社会的必要性の成れの果ての寄せ集めであり、あくまで刹那的な存在であることをうかがわせています。その意味では超芸術トマソンの一種と解釈することもできるかもしれません。

 本書を読めば間違いなく街を歩く楽しさが倍増するでしょう。個人的には暗渠に対する新たなとっかかりが発見でき、新たな想像をかき立てられました。

はじめての暗渠散歩: 水のない水辺をあるく (ちくま文庫)

はじめての暗渠散歩: 水のない水辺をあるく (ちくま文庫)

 

 

 〈てねてんね〉 脳から見た心 

         山鳥重 角川ソフィア文庫

 脳を中心とする神経系の一部分が損傷を受けると、心には一定の変化が生じる。本書は、その対応関係に基づいて心の理解に接近しようとする神経心理学の入門書である。

 本書は4つの章で構成されている。第Ⅰ章から第Ⅲ章にかけて、言葉・知覚・記憶の3つの観点について、脳損傷から推定される構造を明らかにする。それらの考察を踏まえ、新たに解剖的記述を加えながら、第Ⅳ章で心の全体構造を考えている。
 各章は、豊富な症例を先に示し、そこから推察されることを整理統合し、階層構造を解明していく帰納的な形式で記述されており、非線形で捉え難い未知の世界の真実に徐々に迫る臨場感を持ちながら、批判的に結論を追うことができるようになっている。

 取り上げられる症例は不思議なものばかりである。これは何ですか? と、歯ブラシを見せると、歯を磨く動作をしながら「靴」と答えてしまう人がいれば、言葉の範疇化機能を失い、ある机を「机」と名付けると、それ以外の机を机と認識することができなくなる人もいる。
 知覚の観点では、例えば左を無視してしまう人が印象的である。左側から近寄られても気づかず、模写をすると左側だけを写し落とし、食事をすると左側に置かれたものを食べ残してしまう。また、暗室で点滅する光源の方向を指で当てることができるにも関わらず、つけっぱなしの光源は定位できない患者も印象深い。
 
 初版は1985年だが、内容は古びていない。既に知っていた結論に関しても、臨床的な具体例を通じて説明されることで改めて気持ちよく納得できる。心の不思議な壊れ方に興味ある人に本書を推薦する。

脳からみた心 (角川ソフィア文庫)

脳からみた心 (角川ソフィア文庫)

 

 

 〈つおおつ〉 日本の少子化 百年の迷走 

        河合雅司 新潮選書

 私が紹介するのは、河合雅司さん『日本の少子化 百年の迷走』です。
 河合雅司さんと言えば、今年は『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること 』が話題になりましたね。
 私もその本を読んで衝撃を受け、人口減少を歴史的な側面からも追ってみたいと思い、その筆者紹介欄の他の著作に書いてあったこの本を読んだ次第です。
 この本は、明治から2000年代までの人口政策の移り変わりについて書いてある本です。戦前、日本の人口が有り余っているということを盛んに当時のインテリたちが述べていたことから、産めよ増やせよ、という言葉の元ネタが載っていたり、総動員期どのような結婚が望ましいかを簡潔にまとめた「結婚十訓」の中身まで、はては戦時期から戦後までの産児制限運動の歴史など、結婚について考えるのが大好きなつおおつにとってはなかなか垂涎ものでした。
 戦後にかけては世界から産児制限を賛美されることで調子に乗っていた高度経済成長期、少子高齢化がわかっていながら事なかれ主義が横行したバブル期など個性豊かな人口政策の変遷を味わいたいならこの本が間違いなしです。また、人口がいかに国家の存亡に関わるかと言ったことも味わえる本となっております。
 高度経済成長を成し遂げられたのは産児制限がうまくいって余ったお金が信用創造を生み出したからだという考えは、私にはなかった視点だったので、それを知れただけでもこの本を読んだ価値があったと思います。
 話題の未来年表と一緒にどうぞ。

日本の少子化 百年の迷走: 人口をめぐる「静かなる戦争」 (新潮選書)

日本の少子化 百年の迷走: 人口をめぐる「静かなる戦争」 (新潮選書)