小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

つながることの難しさ―きい作品を事例に―

 本稿は肉体を媒介に含む関係構築が、かかる行為の連想させる精神的紐帯、つまり恋仲の構築と必ずしも一致しないことの分析をとおして、成年コミックという媒体の特性により可能となる、負けヒロイン描写の複雑性の解明を目的とする。

 筆者は当ブログで負けヒロインが主題の記事を数回、投稿してきた*1*2*3。折にふれて参照するが、それらの分析から産出された知見は1.負けヒロインとは、特定のキャラクターが思いを寄せる相手と相互思慕になるのが失敗したと客観的に判断された時、その判断を下す者が特定のキャラクターを規定する際に用いる範疇である/2.1の定義は、負けヒロインという範疇はキャラクターが望む関係構築の試みの失敗をもって、はじめて用いられることを含意しており、その過程を経ない当概念の使用は基本的に不当である/3.1の定義と2の確認に基づいて、負けヒロインを関心領域とする研究は、事例分析を重ねることで発展するべきである、の3点に要約できる。

 1から3にかけて存在的言明から当為的主張へとグラデーションがかかっており、特に3は賛否が分かれると予想する。ただ、1で設定した定義は「振られた」「好意を寄せる相手に彼女がいた」等の事実で成立し、特定のキャラクターが望んでいた恋仲という関係を得られなかった結果を「失敗した」≒負けたとみなしているので、一定の同意を得られるのではないかと思う*4。当然ながら勝敗は、勝敗がつく事象が終わらなければ下せないので、2の指摘は論理的に考えて妥当だろう*5

 以上の認識にもとづき、筆者は事例研究、すなわち各作品でヒロインはどのように負けるのか、という過程の分析を行ってきた。これまで漫画、ライトノベルを対象としてきたが、今回はやや趣向を変えて成年コミック、いわゆるエロ漫画を題材に分析を進めてみたい。対象の性質上、未成年の閲覧は控えるべきと当方からは述べておく。

目次

1.分析対象

 1-1 COMIC快楽天、きいについて

 上記のとおり、今回は成年コミック、具体的にはきいによる読切の3作品を対象とする。成年コミックとは、出版社の自主規制*6に準拠して、書店等が18歳未満へ販売しないようにしている漫画を指す。性描写以外にも色々な要素が考えられるものの、日本国内では基本的にエロ漫画に対するゾーニングとみてよい。

 きいは第33回快楽天新人漫画王賞(2013年)で奨励賞を受賞し*7COMIC快楽天2014年1月号(2013年11月発売)でデビューした漫画家である。COMIC快楽天のごく簡単な紹介を添えると、漫画エロトピアという雑誌の増刊号で1994年8月に創刊したのち、1995年に独立誌となったワニマガジン社より刊行されている月刊雑誌だ*8。発行部数は近年の正確なデータがないものの、インターネットで出ている数字を見るかぎり、定期刊行されている成年コミックの掲載雑誌のなかで、最大の部数を誇ることは間違いないだろう。性的嗜好に優劣はなく、数で争われる類の話ではないけれど、もっとも存在感のあるエロ漫画の月刊誌というコンセンサスは得られるはずだ。

 きいは2021年10月現在までに単行本を2冊発売している*9。2冊目の『群青ノイズ』発売時には、ワニマガジン社運営のイベントスペース"space caiman"で「きい 群青ノイズ展」が開催されており*10、注目度の高さが窺える。まったくの余談だが、当個展には筆者も足を運んだ。都内の他のアートスペースにも引けを取らない落ちついた内装で、ROUND TABLE featuring Ninoの楽曲がシャッフルで流れる空間は、しょうじき自分の存在が場違いに覚えるほどだった*11。きいのイラストは上品なスペースやポップな音楽と調和する、こういう言葉で形容してよいなら親しみやすいタッチなのだ。

 きいがポピュラーな漫画家であることは、COMIC快楽天の表紙を7回担当している事実からも理解できる。カバーガールを描く「表紙作家」は、執筆陣の誰もが担うわけではなく、人気の指標となる役回りだ*12。また、2019年8月にはCOMIC快楽天のマスコットキャラクター「快楽天ちゃん」のデザインを担当しており*13、活動の幅は作品を掲載するだけにとどまらない。

 1-2 対象作品

 ただ、本稿できいの作品へ照準するのは、知名度が高いからではない。いうまでもなく、冒頭で提示した負けヒロインの定義に該当するキャラクターが登場する作品を、いくつか見出せるからである。

 先にタイトルを列挙しておく。

「群青」,2014=2016,『放課後バニラ』pp.85-104(初出『COMIC快楽天』2014年9月号)

「解放区」,2017=2017,『群青ノイズ』pp.131-148(初出『COMIC快楽天』2017年2月号)
カサブタ」,2020,『COMIC快楽天』2020年6月号 pp.1-20

 これらの作品は、ヒロインとヒロインが好意を寄せる相手との関わりの表象に性的関係を含むこと、そして性行為はヒロインの思慕が結実した結果の提喩には必ずしもならないことを特徴とする。以下で各作品を詳しくみていこう。なお、記述の性質上、本編の内容へ全般的に言及する旨を注意されたい。

2.作品の内容記述

 2-1 群青

 本作は飯野哲雄を主な一人称視点とした作品である。主要な登場人物は飯野、五味小春、冴藤颯太、六藤美和子の計4人だ(図1)。

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図1 上段コマ左側にいるのが五味小春。その右でアイスを齧るのが冴藤颯太。下段右コマの眼鏡をかけているのが飯野哲雄。下段左コマで飯野の隣に座るのが六藤美和子(『放課後バニラ』p.86*14 )

 同級生の4人は図1のように学校外でも会う仲だが、各人の他者への意識は友情以上の場合も見られる。飯野は六藤に好意を抱いており*15、そして五味は飯野に思いを寄せている。飯野と六藤の談笑する姿を見て、五味は言葉にならない何かを覚えずにはいられない(図2)。しかし、五味は飯野へ告白せず、飯野も六藤と恋仲になるための積極的な動きは見せない。

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図2 p.85

 微妙な関係の均衡は、ある日突然崩れる。飯野は六藤に宿題のノートを見せてもらおうと、五味に居場所を尋ねて向かった階段の踊り場で、六藤と冴藤の性行為を目撃する(pp.89-91)。「簡単に入る様になったよな」(p.89)。冴藤の言葉はすでに彼らが何度もことに及んでいるのを暗示させる。それはあまりにも、飯野にとって受けいれがたい事態だった(図3)。

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図3 p.90

 自棄になった飯野は授業を無視して、男子トイレの個室へ入り自慰を行う(p.91)。「くそッ!」「くそッ!!」という声にならない台詞から、彼の焦燥の如何程が知れる。その時、廊下から声をかけてきたのは五味だった(図4)。授業は差しおいて飯野へ心配をかける彼女に、飯野はトイレットペーパーを取ってほしいと頼み、トイレへ誘いいれる。むろん、紙がないというのは嘘で、五味を個室に引きずりこむ口実だった(図5)。

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図4 p.92

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図5 p.94

 衣服をはだけさせる飯野に対して、五味は涙目でどうしてと問う(p.95)。飯野が口にしたのは、「…俺の事…嫌いか…?」という「確認」だった(図6)。

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図6 p.96

 飯野が五味の気持ちを知っていたかは、作品内の描写から判断できない。しかし、図6の台詞を鑑みるに、問いかけを拒まないと予測する=嫌いではないと知っていたという推測は立ちうる。いくらこの作品がフィクションで、かつキャラクターが冷静さを欠いている状態とはいえ、好かれているかどうか定かでない相手へ性的暴行とも捉えかねない行動を迫るのは、無理筋な描写である。

 飯野の発言の真意はさておき、五味は彼の暴挙を止めたり、それから逃れたりせずに彼との性行為に至る(pp.97-103)。性行為と並行して描かれるのはすべて飯野の心象で、五味が何を思い、考えているかは分からない。われわれが読みとれるのは、飯野が五味とつながりながら、脳裏では六藤を浮かべていることだけだ。膣へ陰茎をなかなか挿入できない時は、すんなりと騎乗位をやってのけた六藤の姿を思いだし、「俺だってセックスぐらい…!!」(p.99)と力んでいるし、射精する直前のコマでは、五味と行っている最中の体位で性行為に耽る自身と六藤の姿を夢想する(p.102)。

 以上の構成により、飯野の五味に対する扱いが重層的に残酷であることを、読者は把握する。「…お腹平気なら/授業…出なきゃダメだよ」とほほえむ五味の姿を見送った飯野が、「彼女の言葉が小さな棘の様に胸に刺さって/一日中チクチクと胸が痛かった……」と、後悔らしき独白然とした胸の内をわれわれだけが知るところにして、物語は終わる(p.104)。

 2-2 カサブタ

 本作は上地伊織を主な一人称視点とした作品である。主要な登場人物は上地、九澄りこ*16、八仲菜緒、上地と同じ部活の男子*17(以下、男子部員)の4人だ(図1)。

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図7 右から上地伊織、九澄りこ、八仲菜緒、男子部員(「カサブタ」p.2*18 )

 4人は全員が男子バスケットボール部、女子バスケットボール部に所属しており*19、図7の4人で撮った写真を上地が自室に置いていることから、仲のよいグループと分かる。

 上地は八仲を好いており*20、そのことを九澄も知っている。「絶好のチャンス」(p.5)である合宿に告白しないのかと問いかける八仲に(図8)、上地は「タイミングとかその…色々あんだよッ」(p.5)と否定する。しかし、本意は「分かってた*21………けど告白して/現在いまの関係が壊れるのは/嫌だったから――」(pp.5-7)という、4人の友人関係を重視しての選択だった。

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図8 p.4

 しかし、上地が保とうとしていたバランスは、思わぬ出来事で大きく揺らぐ。男子部員とのゲームに負けた上地が、九澄を引きつれたコンビニへの買い出しから帰ってくると、客室で男子部員が八仲の体操着を脱がそうとしていた(p.6)。身体を横たわらせる八仲は嫌がっているようにはみえず、事実、付きあってはいないが上地と九澄がいない時に「…なあ?」(p.8)*22という関係を持ち、惰性でしているようだ。

 苛立ちを隠せない上地は、帰りのバスで爪を噛んでばかりいる。その様子が気になってしかたない九澄は(pp.7-8)、上地の家までついていく。一緒に食事しようと提案する九澄を「…今そんな気分じゃないから帰ってくんないかな」(p.10)と拒み、帰れと声を荒げる上地に、彼女は不意打ちでキスをした(図9)。

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図9 p.10

 「帰らない」(p.11)と足を止める九澄を家に入れて、上地の部屋で2人は性交する。激しいタッチで描かれる行為のあいだ、上地は八仲――八仲に懸想して、自慰をしていた自己を思いだしていた。「数えきれないくらい何度も/何度も/一人でして・・たこの部屋で/違う女の子に/射精した」(pp. 12,14)。

 父親の電話に「もうすぐ帰る」と答える九澄を、上地は無言で抱きとめる(pp.16-17)。結果、上地の親が帰宅するまで2人は性行為を続けた。

 後日、九澄はそれまでと変わらぬ調子で上地に話しかけるが、上地は談笑する八仲と男子部員を遠目にあいかわらず爪を噛んでいる(図10)。そして、むりやり九澄をトイレへ同伴させて*23、勢いに任せた性交が行われるなか、話は幕を閉じる(p.20)。

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図10 p.19
 2-3 解放区

 本作は上掲2作とは異なり、フキダシの相違で表される心理描写がいっさいない、3人称視点の作品となっている。キャラクターはラグビー部の「先輩」*24 (以下、先輩)と後輩の七倉*25が中心となる。

 卒業まであと1日と迫った日。先輩は明日、東京にむけて発つ。先輩の友人から、先輩が告白して振られた情報を聞いた七倉は、その話を振りつつもからかったりおちょくったりする様子は見せない(図11)。

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図11 『群青ノイズ』p.132*26

 言葉少なに時間を潰す2人だけの3月の屋上へ、男女が闖入してくる。とっさに隠れた先輩と七倉は、まぐわう様子をともに聞くこととなる(p.132-133)。先輩は声で気付いたが、行為の主は、ほかでもない先輩が告白した相手だった。「で? 付き合うと?」「やめてよッ! あーゆー・・・・ゴツゴツしとるとキライて知っとるでしょ!?」(p.134)。振られた女性の性行為を間近で知覚する事実にかさねて、本人がそばにいると知らずに繰りひろげられる他愛ない会話が、先輩を無邪気に嘲う(図12)。

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図12 p.135

 「告白されたて聞いて何かコーフンした」(p.136)男が射精し、男女は去っていった。憤る七倉に「笑って良かぞー」という先輩は、笑顔を浮かべながら目尻には涙を溜めてている。そんな素振りを見て、七倉は腰を下ろす先輩を抱きよせた(図13)。

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図13 p138

 「童貞せんぱいがカッコ悪かなら――/処女わたしもカッコ悪かって事ですよね…」(p.138)。そういうと、七倉は動揺する先輩にある提案をした。「なら――/二人で…/カッコ良くならんですか?」(p.139)。下着が見えるまでスカートをたくしあげる七倉の股座へ先輩は顔を近づけ、下腹部を露わにさせると、あとはつながるばかりだった(pp.140-147)。

 ふたたび衣服を纏い、並んで座りながら先輩なら可愛い彼女ができるとエールを送ったうえで、「だけん今日の事は――」と言いかけた七倉をさえぎり、先輩は「つ…付き合ってくれて…言うたら/やっぱ…カッコ悪か…よな?」と、顔を背けながら途切れとぎれに言葉を発する。2コマの間を置き、「はい♡カッコ悪かです♡」と答える七倉の泣き笑いで、作品は終わる(pp.147-148)。

3.分析――つながっているが、つながっていない

 3-1 男性の敗北

 前章で紹介したきいの作品は、いずれも男性キャラクターが慕情を向ける異性との関係構築に失敗している点で共通している。つまり、男性の「負け」で物語が始まっているのだ。「群青」、「カサブタ」の場合、敗北は受動的にもたらされている。階段を上りきった先で友人の腰にまたがる六藤、買いだしから戻ってきた客室で服がはだけていた八仲。飯野も上地も、六藤の口淫で射精した颯太や乳房へ手をかける男子部員に負けたのではない。そのような行為が、思慕を寄せる相手と他の男性とのあいだでなされると同時に、自身と好きな異性は性行為を内包する間柄になれないと察すること、言いかえると、彼らの肉体関係で、飯野が六藤と、上地が八仲と結ぶかもしれなかった関係の可能性が切断されたことこそ、飯野、上地の敗北と言いあらわされる*27

 この特徴が負けヒロインの描写において、第1の複雑性を加えるポイントとなる。ヒロインの敗北は、他のヒロインとのコンフリクトで起きるのではなく、彼女が意識している男性キャラクターの、彼女以外の異性への慕情が結実しなかった結果で、間接的にもたらされている。この点は「解放区」の、先輩の告白とその失敗から、物語の開始時点で相思相愛ではなかったと判断できる七倉においても該当する。

 3-2 セックスがもたらす離合

 前節でも触れたとおり、男性キャラクターの敗北にはいずれも性行為が関わっている。2人でなされる性行為に限ると、当事者の肉体的距離はもっとも縮まった状態となる。それは、2人と他者との乖離を含意する。

 当然、「解放区」のように至近距離で行為を認知することは可能である。しかし、2人で行うことを前提とした性行為には、他者の入る余地はまったくない*28。この点で、セックスはただ1人を受けいれてそれ以外は拒絶する、存在への応否が明確な行為といえる。物質的な側面を敷衍すると、精神的距離も然りとしたくなるが、そうもいかない。

 「群青」、「カサブタ」における飯野や上地のセックスは、現象としては他の性交と変わりないが、前章の記述で見たように恋人という間柄において結ばれるそれとは異なり、彼らにとっては望む相手との関係構築に失敗したことで、なし崩しに起きた出来事だった。なし崩しといっても、誰でもよかったわけではなく、自身と性行為をするのを拒まない(と思われる)相手――五味や九澄と、結果的には行うに至った。これらは肉体的距離の近さがゆえに、その営為をとおして想定される関係との捻れが、より鮮明となる。この点が、描写の複雑性における第2の特性として挙げられる。

 3-3 シーケンシャルな生の一断章としての「負け」

 飯野と五味、上地と九澄は、作中で如上のいささか屈折した性的体験を経たが、この先もかかる体験の契機となった関係の構図が不変かどうかは分からない。本編に限っても、もともとたんなる友人だったのに性交するようになっているのだから、彼らの関係性は可変性に富んでいる。とりわけ後者は1度で終わらず、2度目の性交が結末に描かれている。前者においても、単行本では[特別描き下ろし]として断片的に作中後の4人が描かれており*29、各作品のメインシーンである性交が、偶発的な事故として痕跡を残さないような処理はされず、モノローグやエピローグで完結しないまま、彼らの日常は開かれている。

 この特徴は「解放区」において、より一層際立っている。そもそも、七倉を負けとみなすには、彼女が先輩へ好意を抱いているという条件が成立することを前提としている。この点は上記の経緯を踏まえたうえで、七倉から性行為に誘っている展開から、論点先取の予断とはならないだろう。ただ、七倉がかくのごとき状況になった際の心理描写は描かれていない。つまり、先輩の失恋を唯一の厳然たる事実として、あとは状況証拠から彼女が負けたと本稿はしている。まったくそんな素振りを見せていないのに、そうカテゴライズすることへ違和感を覚えるかもしれないが、関係論的に見れば七倉が負けていた時間は確かにあったのだ。

 先輩の「告白」を七倉は否定していない。先の前提に従うならば、七倉は事後的に敗北が確認されたうえで、作中の出来事により勝利が可能な状態になった。ここでいう勝利とは、冒頭で定義した敗北の裏、つまりヒロインとヒロインが好意を寄せる相手との相互思慕が達成されたと、客観的な判断を下した際に付与される範疇である。われわれの人生と同様、ヒロインの「負け」は永続するものではない。

4.結論

 4-1 つながりを捉える難しさ

 内容の記述、分析をとおして、負けヒロインがティピカルな属性(の組みあわせ)によるレディメイドにとどまらないことを、ある程度整理できたのではないかと思う。あらためてまとめておこう。

 まず、特定のヒロインの勝敗は、当該ヒロイン(A)とヒロインが好意を寄せる相手(B)との相互行為だけで決着がつくとは限らない。なんらかの形でBが別のキャラクター(C)を好いていたことが明確に描写されて、間接的に敗北がもたらされるケースもある。これは1人の男性を2人の女性が取りあう典型的なトライアドと成員数自体は同一である*30。しかし、好意を一方的に寄せる女性(たち)を男性が選択するだけでなく、男性が片方の女性に好意を寄せて、なんらかの形で失敗し、好意を寄せた相手と結ぶかもしれなかった関係を残された女性と結ぶことで、ヒロインの敗北という帰結が示されている点が異なる。そもそも、男性が好意を寄せる相手もその男性を好いているかは分からない*31。ごく短い感情が付された相関図でも推論は可能だが、作品内部における関係の遷移はそれほど単純ではない。ましてやシークエンスの追跡でようやく判断できる「負ける」という状態が、安易なカテゴライズや抽象的思惟の操作だけで事足りるのだろうか。

 また、たんに「関係」といっても内実によって異なる。肉体関係はもっともあからさまな親密に思える*32類のもので、身体の接触を伴わない形態の対極にあたる。しかし、表層的には強い結びつきに見える前者が、後者よりも継続性の乏しい、それ自体が他の要素から分離したアドホックな接合であることが、当座の関心である勝敗を複雑なものにする。性交は恋仲の十分条件だが、必要条件ではない。性行為やそれに準ずる身体の接触の描写から、帰納的に参与者の関係を推しはかるのは一種の後件肯定だろう。ここでは論理的誤謬に主眼を置いているのではなく、先の推論に従うように思えて、実は二重の敗北の表出としてセックスに至ることが、とても興味深い。

 そして、本稿で確認した敗北が継続するわけではないことも重要な点といえる。あくまでもわれわれが観察可能な範囲での様態の追跡をもって、一連の行為過程の主体に対して負けヒロインというカテゴリを付与しているのであり、主体となったキャラクター自体がその範疇に当てはまるとみなすのは不適である。負けヒロインがのちに希望する恋仲となったのならば、当該の恋仲に関連する行為の主体として彼女は勝っている。むろん、勝ち負けの順序が逆になってもここで述べた内容は変わらない。負けヒロインとみなす対象を誤ると、とたんに議論の焦点がぼやける。

 4-2 課題と今後にむけたインプリケーション

 前節の整理はカテゴリであることを起点とした分析とは異なり、負けるという状態がいかなる関係として現前するかを記述したうえで、その複雑な様態を明らかにしており、一定の成果があったといえる。いっぽうで、いくつかの課題も併存している。

 1点目は、本稿の分析が成年コミックを対象としたがゆえの結果であり、文脈への依存度が高いということだ。性描写にはグラデーションがあるものの、直接的なシーンを含むと、多くの場合は成年向けとなる。未成年も閲覧可能なフィクションでは前提として性的な場面は描けないのだから、本稿の指摘もまた成年向けコンテンツにしか適応しえないという批判は、性行為に限定するならばある程度、妥当であろう。しかし、前節で指摘した恋愛関係から想起される行為と実際の関係性の齟齬は、何も性的なものに限られるわけではない。『聲の形』における、植野が意識不明の石田にした接吻も、本来ならば恋人同士で行われる営みを、どちらかといえば石田から拒まれている植野が同意を得ないまま、自らの意志を押しとおして行っているからこそ、その行為の与える印象が鮮明になっている*33。極限的な例が性交というだけで、分析自体は他のケースでも応用可能である。

 2点目は1点目とパラレルな指摘、つまり「負けヒロインの分析」という枠組に固執して、当概念の負荷が強まっているというものだ。筆者はそれ以外の視座でまなざすことが間違っているというつもりはない。エロ漫画なのだからエロティシズムや絵の技術から語っても、いっこうに差しつかえない。しかし、作品内部の関係をたどると、冒頭で示した負けヒロインの定義に当てはまるキャラクターが登場しているのも、揺るぎようのない事実である。負けヒロインという枠組の濫用と批判されるなら、その批判こそが硬直した記号的使用(を念頭に置いた忌避)にもとづく、安直な反応だと指摘したい。

 3点目は2点目に関連している。「分かった。では負けヒロインを糸口にするのは認めてやろう。それでもやはり、おまえが繰りかえす負けヒロインの分析とやらは、負けることを念頭に置いているから成立しているだけだ。ほら、こうして『負けヒロイン』という言葉を使っている時点で、他者と変わらないじゃないか」。確かに。まったくそのとおりだ。筆者は物語内のヒロインと他者間の関係を追跡したうえで、結局のところ負けヒロインという範疇を最後・・に使用する。そして、分析結果として本稿をしたためている。筆者は、けっしてカテゴリをいっさい用いるべからずと宣う戒律の伝道師になろうとはしていない。関係は概念に先立つという当然のことを、事例をもって確認しているだけなのだ*34

 その結果、本稿は4点目の指摘として推測できる禁欲的なきらいの強い記述となっている。テクスト内で判断がつく内容だけで書くルールは、当文へも反射性として矛先を向ける。各キャラクターの感情をどこまで読みとれるのか、あるいは読みとったとしてよいのか。本稿の記述も、けっして確定した解釈ではない。解釈。そう、あくまでも永遠に草稿のままでいる報告書であり、この点を集中して論じるべきだろう。すなわち、キャラクターが負けヒロインとなる過程、われわれがキャラクターを負けヒロインとみなす論旨への断続的な検討が必要なのである。

 美的判断による主観的な批評も、上記の議論を疎かにしては自閉的な独語と大差ないものとなる。そのような文章が持つ魅力――個々の感性の独自性、新規性、芸術性を軽視するつもりはないし、それでよいと居直ることも、自由な選択のひとつといえよう。しかし、かかるスタイルを選ぶと、すこし走るだけで負けヒロインという構成概念の妥当性が壁となって立ちはだかる。停車する。地道な作品の分析を放棄して、抽象的な思索に頼ったり、確固とした生成の段階を後回しにした概念を用いたりすることは、クラッチを切ったままアクセルを煽るようなもので、議論はいつまでも壁の前で止まったままとなる*35

 負けヒロインに対する美的な関心も、もとをたどれば彼女が築く関係性の様相に対する評価が起点となっているはずである。ならば、とりあえず評価の対象となったものを記述すればよい。この過程を踏まえることで、われわれは何をもって負けヒロインに魅せられたのかも、より明快になると思われる。

 事例の内実に触れると、照準する集団の成員数に関する議論も、今後はより必要となるだろう。負けヒロインが発生しうるトライアドな関係(男1:女2)では、男性と恋愛関係を構築しようとする2者のコンフリクトが勝敗をもたらすと想像できる*36

 しかし、テトラッドな関係はその限りではない。まず成員が男2:女2か、男1:女3という複数のケースが考えられる。前者は注36で仮設したパターンが実際に起きる際、女性が男性を拒む理由として、他の男性とすでに関係を持っており、結果的に1人成員が追加された形である。後者はいわゆるハーレムであり、上掲のトライアドの拡大パターンともみなせるが、同様であると結論づけるのは危険だろう。各人が各人へ有向辺(=関係)を持つ相関図を想定すると、ダイアドの場合は2本、トライアドの場合は6本、テトラッドは12本の異なる関係で構成される。くわえて人間は成員の部分集合によって、同一人物へ向ける感情がめまぐるしく変化する。楽しげにランチをとっていた会社員の集団から1人が席を立つと、急に他の成員がその人物の噂や陰口を囁くように、集合のうち、誰をとりだすかによって、顕在する関係性は変化する。かくも複雑な人間の相互行為において、負けヒロインだけが浮遊した範疇としてラベリングされるのは、粗雑がすぎる。この点は考察が手つかずであり、今後の分析で熟慮を重ねるほかない。

 最後に、負けヒロインを分析する名目のもと、その内部の行為の暴力性、非倫理的側面を無視しているのではないかという懸念が考えられる。当然、この指摘は無視するべきではないが、主張をさらに先鋭化させて、複数人物間の関係で起きる様相に否定的な要素はない、またはないように描写すべきであると訴えるのも、たとえ創作物といえど「現実離れ」しているといわざるをえない。闇雲な概念の否定よりも、概念が指示する事象を分析するほうが先決だろう。これは、「負けヒロイン」という語彙そのものに対する非難へも同様である。2ちゃんねるにて、負けヒロインに関連するスレッドのタイトルを決める際にも、同じような意識によって負けヒロインではない語句が用いられたことがあったが、結局、定着しなかった*37。その結果をもって「負けヒロイン」を使いつづける大義名分を得たとは考えない。ただ、どのような言葉を用いようが、冒頭の定義は変わらないので、名称の変更よりも先に為す作業は多々あると思う。

 4-3 結びにかえて

 今回の分析は、性描写など負けヒロインの「記号」としてはすぐに挙がらない特徴から彼女たちを捉えてみた。このように、いっけん属性からは零れおちるように思える場合でも、地道に関係を追ってみるとカテゴリに対する考えをみずから変容させるような描写で彫像されたヒロインに出会うことができる。今後もさまざまな事例分析にもとづき、負けヒロインの様態に迫っていきたい。

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 以下は刊行予定の3冊目。楽しみに待とう。

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*1:植野直花から学ぶ負けヒロインの生き様(上) - 小文化学会の生活

*2:負けヒロインと出会う方法 - 小文化学会の生活

*3:シュレーディンガーの負けヒロイン――箱へ入れるには負けヒロインが多すぎる! - 小文化学会の生活

*4:失敗と敗北は同義かという点は、より多くの考察を要するが、今回は立ち入らない

*5:ただし、消費者がコンテンツ完結前の時点でごく自然に感じる「このキャラ、負けそうだな」という知覚を否定するものではない。その推測が「Aというキャラは負けヒロインである」という命題を真とする判断につながったり、負けヒロインという範疇を議論の起点としたりすることが不当であると述べている

*6:種々のマークで判別される

*7:「きい」,成年コミックデータベース(2021年10月16日取得,https://adultcomic.dbsearch.net/author/%E3%81%8D%E3%81%84.html)

*8:COMIC快楽天」,成年コミックデータベース(2021年10月16日取得,https://adultcomic.dbsearch.net/magazine/COMIC%E5%BF%AB%E6%A5%BD%E5%A4%A9.html)

*9:ちなみに、ぼちぼち3冊目の単行本が出るようだ。本人のツイートより(https://twitter.com/kagibangou029/status/1443522673510780934) 2021年10月16日取得

*10:2017年10月13日-10月23日開催。2021年10月16日取得,https://www.wani.com/special/key/top.html

*11:といっても、来訪した際、会場内は「同類」ばかりだったと記憶している

*12:明言はされていないが、単行本のセールスで「表紙作家」が枕詞としてたびたび使われることから、一種のステータスとしてみなせる

*13:2021年10月16日取得,https://twitter.com/wani_kairakuten/status/1167029124264865792

*14:以下、本節でページ数のみを載せた場合、『放課後バニラ』のページを指す

*15:p.88で六藤の存在を認知した飯野の心情は、「六藤♡」と表現されている

*16:名前の正確な表記は不明

*17:本編で名前は明記されていない

*18:以下、本節でページ数のみを載せた場合、「カサブタ」のページを指す

*19:八仲はユニフォーム姿で本編に登場していないが、合宿には参加しているのでなんらかの形で所属していることが察せられる

*20:p.3で八仲の姿を認めた「八仲♡」という上地の心内描写がある

*21:誰かが抜け駆けするかもしれないという九澄の言葉に対する反応

*22:男子部員が八仲に話を振った台詞と推測される

*23:ただし、九澄が拒む描写はなく、引っぱられるままにしている

*24:本編で名前は明記されていない

*25:下の名前は本編で未登場

*26:以下、本節でページ数のみを載せた場合、『群青ノイズ』のページを指す

*27:スワッピングや乱交についての想像を膨らませるなら、その限りではないかもしれない。ただし、それはあくまでも読者の想像であり、少なくともテクストからはまったく予想できない

*28:3Pなどの複数人による性行為を除外しているが、そのような類型は作品世界において存在しないのではなく、今回の対象とした作品では、かかるタイプの行為が起きてもいなければ、起きる可能性も明記されていないというだけのことだ

*29:ただし「劇場版群青」と銘打ったもので、ifの色彩が濃い

*30:ただし、後述のようにBのCに対する慕情が明らかとなるには、追加のキャラクターの登場もありえる。その場合はトライアドではなく、4者以上が関係に参与する

*31:今回、対象とした作品では「解放区」をのぞき明示されていない

*32:「思える」のであり、実際にそうなのかは判断が留保される

*33:詳しくは植野直花から学ぶ負けヒロインの生き様(中) - 小文化学会の生活を参照

*34:範疇と言表生成の再帰性は、シュレーディンガーの負けヒロイン――箱へ入れるには負けヒロインが多すぎる! - 小文化学会の生活で、簡便に言及している

*35:暗喩に忠実な修辞を試みるなら、そもそもこの様式では論議は進まない。私の持論はATというのなら、好きなだけアクセルを踏めばよい。妥当性の壁に追突するまでだ

*36:男性が一方の女性に好意を持ち、他方の女性が男性に好意を持っている場合、男性に思慕されている女性が好意を拒むと、トライアドであっても間接的な敗北が観測できる。おそらく、このような関係性が見られる作品はあるだろうが、筆者には浮かぶあてがない

*37:ごく簡単な顛末は負けヒロインと出会う方法 - 小文化学会の生活を参照