小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

負けヒロインと出会う方法

1.緒言

 前回の記事では『聲の形』のキャラクターに焦点をあてて、負けヒロインは何に負けたのか、ということについて考えた。結論を引用すると、彼女たちは好意を寄せた相手との望む「関係の構築に失敗した(=負けた)」(『植野直花から学ぶ負けヒロインの生き様(下)』)のだ。本定義の照合はオリジナル内部で完結するため、恣意的な一般論へ横滑る社会反映論や、記号への還元を強いるデータベース消費と一線を画している。

 上記は方法論における長所だが、負けヒロインという対象への更なる探究をとおして、有益とみなせる点をもうひとつ挙げられると判断するに至った。すなわち、「負けヒロインはどこにもいるし、どこにもいない」という矛盾を棄却できるかもしれない。もう少し内容に沿っていうと、勝ち-負けの決定権を負けヒロイン本人へと返還する手続きを提示できるかもしれない。胡乱な言い回しを取っ払い、分かりやすく伝えると「負けヒロイン」って単語の遍歴にこだわっても非生産的なので、ごちゃごちゃ語る前に種々の物語を読めよ、という主旨を以下で述べていく。

2.負けヒロインはどこから来たのか

 ポップカルチャーにおいて属性とみなされる要素について語る際、人々が興味をそそられる疑問に「当該の要素の起源は何か」、つまりコミュニケーションや言説のなかでいつから用いられるようになったのか、というものが挙げられる。

 こう書いておいて恐縮だが、さっそく訂正を差し挟む必要に迫られる。上記の疑問は表面的には重なりそうだが、中身は異なっている。前者は負けヒロインが最初に出てきた創作物は何かと問いかけ、後者は「負けヒロイン」が特定の要素を指示する用語として用いられるようになったのはいつかと尋ねているからだ。

 これらは峻別されなければならない。仮に両者の答えが同一になるとするならば、最初に負けヒロインが出てきた作品を鑑賞した受け手が「こういうヒロインを、負けヒロインという属性で呼ぶことにしよう」と合意形成をしたと想定される。本当だろうか。

 他の要素の起源についての論考を参照して、似て非なる両者の区別を明確にしておこう。「ヤンデレ」は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)で2005年8月28日のレス*1に確認できる「病ンデレラ」から、同年11月25日の某アニメの関連スレッドで、かかる属性に該当するキャラについての議論の最中に使われたものが初出と推定されている*2。しかし、ヤンデレの具体例として用語の初出以前に発売されたゲームのキャラクターが紹介されているように*3ヤンデレ誕生以前に「ヤンデレ」はいた。

 キャラクターを類型化へと促す要素が、結果的にキャラクターの性格を限定してしまうことがある。たとえば、日本神話のイザナミヤンデレだったとみる推測がされた際*4イザナミは「ヤンデレ」とされ、現代で二次創作等に利用される際、本来の神話上のエピソードとは関係ない、ヤンデレという要素から想起されるパーソナリティを与えられる可能性がある。別に「翻訳」されるまでもなく、「イザナミヤンデレだから」という言明が生み出された瞬間、かかるキャラが有していたエピソードや性質は知らぬ間に変化させられている。

 つまり、種々のキャラクター自体が可塑性を有しているのではなく、受け手であるわれわれが「キャラクターは『任意の要素』だから」とラベリングすることで、キャラクターに可塑性があるという錯覚を起こしてしまうのだ。この時点で、純粋な存在としてのキャラクターは消失し、要素の外延的定義の人員として駆り出されるだけの存在となる。だからといってかかる定義が間違っていると非難する気はない。ただ、キャラクターにとって要素は自己の一部分を説明するにすぎないと尚書きしておきたかった。

 回りくどくなったが、任意の要素を定めるにあたっては、かかる要素が創出される以前の複数のキャラクターにみられる共通項をまとめあげる作業が入り、いったん要素が用語として成立すると、限られた特徴から遡った判断が可能とみなされるということを留意しておきたい。

 さて、冒頭にあげた問いのうち、前者の答えとして想定できるものは何か。緒言で確認した定義に基づくと、同じ男性キャラクターに好意を寄せる複数のヒロインが登場し*5、主題でなくとも恋愛関係についての描写があり、最終的に特定のヒロインが男性キャラクターと結ばれない作品には、必ず負けヒロインが登場する。ならば、そのような作品を徹底的に過去へとのぼりながら探せばよい。が、それはブログに投稿される記事には荷が重すぎる*6

 後者の問いに対して、まだ多少は足掻くことが許されているはずだ。ポップカルチャーに関する言論の集積所は、ミニコミ誌に代表される雑誌からインターネットに移って久しい。むろん前者の勢いもまだ衰えていないが、その過程で電脳空間をいっさい経由しないものは少ないと思われる。メンバーの勧誘、感想の公表、物販、言表と言表の結びつき。あらゆる場面で、スクリーンを見ずにはいられない。本稿の関心においても、まずはインターネットを起点としたい。

 「インターネット」に絞ってもまだ不十分だろうが、その問題点については後述するとして、とりあえず主な対象を2ちゃんねる*7に限定しよう。2ちゃんねるは1999年に開設された息の長いネット掲示板で、ログも残っており検索をかけるにはちょうどよい。また、スレッドの上限まで続くと次のスレッドが建てられる*8という形式上、用語や語意の変遷を追いやすい。

 まず、負けヒロインという単語を用いずにかかるヒロインを対象としていたスレッドに、同人板で建てられた『ダブルヒロインもの作品ってどう?』*9が挙げられる。タイトル通り、ヒロインとみなされる女性キャラクターが2名出てくる作品を語るのが趣旨で、2005年5月25日にスレッドを建てたスレ主*10は、具体例としてドラゴンクエスト5(ゲームソフト)、ファイナルファンタジー7(ゲームソフト)、BLEACH(漫画)を挙げている。それぞれ発表年月日は1992年9月27日、1997年1月31日、2001年8月7日(1話掲載時)と、後述の今回確認された「負けヒロイン」の初出よりもかなり前の作品である。

 当スレは基本的に具体的な作品における関係性をとりあげ、ダブルヒロインというポイントに引き寄せながら思いおもいの感想を書きこんでいく……という流れで進行している。こうした観点は新鮮だったようで、「面白い」という旨の書き込みもいくつかあった。

面白いスレだなあ、ここ。

      298:2005/05/28(土) 21:01:04 id:egnSr8YW

 

初めてこのスレきた。なかなかおもしろいなw

                      474:2005/06/01(水) 22:52:17 id:oAgg2TWw

 

このスレ面白いね 年寄りだから懐かし系で……(省略)

                      796:2005/06/11(土) 21:26:04 id:VSSQt/+j

 

そもそもこのスレが立った理由とかを考えれば、恋愛感情云々については別にそんなこだわらなくてもいいんじゃないかな。

幅広く冷静に語ってるのも面白かったし。

もし次を立てるとすればだけど。

                      822:2005/06/12(日) 18:24:55 id:LhRIbgpf

  また、このスレでは負けヒロインにおける認識論的に重要な指摘もされている。

 

が、もしかすると、どっちのヒロインも主人公とカップリングする気がないからかもしれない

結局ダブルヒロイン論争ってのは、主人公の彼女の座を巡っての外野の争いだから 

                      22:2005/05/25(水) 12:48:21 id:aHinXy7l

 

ギャルゲーエロゲーなんかでもヒロイン論争はあるからなあ

メインよりサブの方が人気だと理不尽にメインが叩かれたりというのもよく見る。 

                      359:2005/05/29(日) 23:59:02 id:AH4Kb2Ig

 ヒロインの勝ち負けはあくまで特定のキャラクターに肩入れするファンのあいだで争われるのであって、ヒロイン自身が争っているかどうかは分からない。この論争は誰が負けたのかというより、メインヒロインを定める際の意見の不一致とみなすべきかもしれない。スレッドタイトルの「ダブルヒロイン」とは、そう述べた時点ではまだどちらがメインかは明言されていない*11

 上記の『ダブルヒロインもの作品ってどう?』はパートスレとなり、2021年現在でPart57まで積み重なっている。そのなかで、負けヒロインが用語として定着していなかったからこそ、自由な論議が行われていたことが垣間見える。

勝つ負けるってなあ。何をもって勝利だ?

苺100*12とか読んでるとむしろあんな男とくっつかないで時分の道を進んだ方が価値に見えるが。

エロゲとかもね。

あと一度片方とくっついてから離れてもう片方とって話もあるよね。 

                        647:2007/08/17(金) 10:32:03 ID:L/IBGVYH0

【多角】ダブルヒロインものってどう?Part6【関係】*13より 

 この解釈は後続のレスでも受け入れられているとはいいがたいが、こうした意見自体が出てくることは、現在の負けヒロインに関する談話ではほぼないといってよい。

 当パートスレではあまり顕在化されていなかった負けた側*14に目を向けた最初期のスレッドとして、アニキャラ総合板で2006年1月26日に建てられた『メインを奪われたアニメヒロイン』*15がある。スレ主の書き込みは以下のとおり。

メイン(主役)の座を奪われたアニメヒロインを語りましょう。

エロゲ原作のアニメにあるよね?

                       1:2006/01/26(木) 01:05:09 id:HFh+BrLX

 エロゲ*16を原作とするTVアニメは、2005‐2007年頃が放映本数のピークだった*17。エロゲは複数人のヒロインをプレイヤーである主人公が攻略していくのが基本的なフォーマットになっており、誰を「勝ちヒロイン(同時に負けヒロイン)」にするのかは各人の自由に委ねられている。しかし、コミックスやアニメといったメディアミックスでは、誰のルート*18を描くのかと考える必要に制作陣は迫られる。

 オムニバス形式で各ヒロインに焦点をあてたり、オリジナルストーリーにしたりと、取られる手法はいくつかある。ここで全話を用いて主人公とひとりのヒロインの恋愛を描くと決めたら、必然的に負けヒロインは誕生する。エロゲをはじめとした恋愛ゲームでも色恋の話に始終しているわけではなく、むしろ恋愛要素さえ入れていれば、どんなモチーフを採用してもいいというロマンポルノに似た創造力が発揮されていたと思われるが、とはいえ恋愛が主題となることに変わりはない。

  これは単なる仮説でしかなく、妥当性は低いが複数のヒロインが登場する恋愛を題材とした作品の数が増えるにつれて、受け手が彼女たちの存在をある種の要素として認識するようになっていったのではないか。恋愛沙汰が必ずしもメインテーマではないドラクエ5*19FF7でさえ、すでにヒロイン間の緊張関係を感知し、わざわざスレッドが建てられ何千何万ものレスが連なる話題の種と化しているのだから*20、恋愛ゲームを原作としたアニメ作品が複数本放映されるようになれば、毎クール何本も視聴する受け手が負けたヒロインへ意識的になるのは、無理筋な話ではない*21

 当スレと同時期に進行していた「ダブルヒロインものってどう?」の4スレ目(2005年10月27日~2007年3月10日に987レス目で過去ログ倉庫行き)では、先にいくつかレスを引用した1スレ目と同様、誰が負けたのかに焦点をあてずに、ダブルヒロインをめぐるファンの論争や製作者の意図への注目が目立つ*22。対して、『メインを奪われたアニメヒロイン』では男性キャラクターとの恋愛関係においてメインを奪われた≒恋愛関係を結べなかったキャラクターだけでないにせよ、そうしたヒロインへの言及が過半数となっている。

 当スレは建てられてから約2年半経った2008年7月12日にdat落ち*23した。その3日後、同じアニキャラ総合板で『負け組ヒロインについて語ろう!!』という名前のスレ*24が建てられる。スレ主が2レス目に「主な登場人物」として挙げたヒロインが登場したアニメは機動戦艦ナデシコ(1996年10月‐1997年3月放映)、ヴァンドレッド(2000年10月‐2001年12月放映)、ゾイドジェネシス(2005年4月‐2006年3月放映)、ゼーガペイン(2006年4‐9月放映)、機動戦士ガンダム00(ファーストシーズンは2007年10月‐2008年3月放映)と、恋愛模様は描かれているが主題ではないものばかりだった*25。しかし、スレッドタイトルにある「負け組ヒロイン」という用語はこれが初出であり*26、ジャンルはなんであれ負けヒロインに着目するという意識がさらに顕在化されている。

 当スレッドでは「負け組フラグ」として、以下のレスが書き込まれている。

・主人公=メインヒロイン。他のヒロインはかませに決まってる。

・他と比べて極端に高性能。

・多過ぎるヒロイン候補。これを勝ち抜くのは至難。

・主人公が重度のゲイ・シスコン・マザコン基地外・引きこもり等問題を抱える。

・負け組みヒロインが重度のレズ・ブラコン・ファザコン基地外・恋愛脳等問題を抱える。

・中の人が桑島法子折笠富美子

イベントフラグはいろいろあり過ぎてよぐわがんね

                             113:2008/08/08(金) 09:52:32 id:GtVR03xc

 真偽はさておき、他のキャラクターに関しても、同様に負けた特徴をひととおり並べる作業が各人によって行われており、負けヒロインという要素がいかにして成立するかを帰納的に調べる試みが行われていた。

 その後、当スレは同年8月21日にdat落ちし、2009年3月28日に同じアニキャラ総合板で『負け組ヒロインについて語ろう!! 2敗目』が建てられた。同様の趣旨のスレッドは漫画サロン板で2009年1月12日に『負け組ヒロインについて語ろう!!漫画サロン出張所』として建てられている。スレ主が同一人物かは分からないが、いずれにせよ多くの場で「負け組ヒロイン」を語ろうとしていたことが分かる*27

 だいぶ長くなったが、われわれはようやく2ちゃんねるにおける「負けヒロイン」誕生の瞬間に立ち会える。「漫画サロン出張所」の445レス目、具体的な作品を語るなかでかの言葉は現れた。

>>443

ゲームのコミカライズ作品だけど、

紅一点の戦闘ヒロインと主人公と相思相愛の恋愛ヒロインが登場する漫画で

作者が戦闘ヒロインに肩入れしてしまったのか、

恋愛ヒロインがゲームと全然違った性悪キャラにされたあげく出番激減。

最終回は戦闘ヒロインのいつか彼を手に入れるわ的なモノローグで終って

恋愛ヒロインは登場すら許されなかったってのがあった。

名前すら出なかった。

個人的に最強の負けヒロインだと思ってる。

     445:2009/07/22(水) 21:13:28 ID:???(太字は筆者による)

 以降の負け組ヒロインから負けヒロインへの推移は追いにくい。言葉で説明するのは煩雑なので、いったん表にして示そう(表1)。同時に表内のタイトルの正式名とソース元のURLを、以下に列挙する。URLのあとに付けたのは、それぞれスレッドが建てられた/完走(もしくはdat落ち)した年月日である。

f:id:Sho-Gaku:20210311233728j:plain

表1 負け組(み)ヒロインと負けヒロインの出現回数

「語ろう!!」:『負け組ヒロインについて語ろう!!』(http://anime3.5ch.net/test/read.cgi/anichara/1216133204/)…'08/07/15-'08/08/21

「漫画サロン出張所」:『負け組ヒロインについて語ろう!!漫画サロン出張所』(https://changi.5ch.net/test/read.cgi/csaloon/1231716583/)…'09/01/12-'09/08/14

「語ろう!! 2敗目」:『負け組ヒロインについて語ろう!! 2敗目』(https://changi.5ch.net/test/read.cgi/anichara/1238190086/)…'09/03/28-'09/12/26

「漫画サロン出張所2敗目」:『負け組ヒロイン漫画サロン出張所2敗目』(https://changi.5ch.net/test/read.cgi/csaloon/1251929684/)…'09/09/03-'10/05/02

「語ろう!!」:『負け組ヒロインについて語ろう!!』(https://changi.5ch.net/test/read.cgi/anichara/1263380024/)…'10/01/13-'10/07/30

「漫画サロン出張所3敗目」:『負け組ヒロイン漫画サロン出張所3敗目』(https://changi.5ch.net/test/read.cgi/csaloon/1272772769/)…'10/05/02-'10/06/24

「同人板出張所4敗目」:『負け組ヒロイン同人板出張所4敗目』(https://yuzuru.5ch.net/test/read.cgi/doujin/1273043078/)…'10/05/05-'10/10/20

「同人板出張所5敗目」:『負け組ヒロイン同人板出張所5敗目』(https://yuzuru.5ch.net/test/read.cgi/doujin/1287491513/)…'10/05/19-'11/05/12

「同人板出張所6敗目」:『負け組ヒロイン同人板出張所6敗目』(https://tamae.5ch.net/test/read.cgi/doujin/1303779751/)…'11/04/26-'11/12/12

「同人板出張所7敗目」:『負け組ヒロイン同人板出張所7敗目』(https://kohada.5ch.net/test/read.cgi/doujin/1307865330/)…'11/06/12-'12/10/18

「以外を好きになる人スレ」:『メインヒロイン以外を好きになる人のスレ』(https://mao.5ch.net/test/read.cgi/anichara/1606869408/)…'20/12/02-

 

 見ていただければ分かるが、2語のあいだにはっきりとした遷移はなく、意味も変化しないまま負けヒロインが選好されるようになっただけと思われる。なお、『負け組ヒロイン同人板出張所7敗目』が建てられてから『メインヒロイン以外を好きになる人のスレ』に至るまでの8年間、何もなかったのかと疑問を持たれる方もいるはずだ。結論からいうと、そんなことはない。「負け組ヒロイン」をタイトルに含むスレッド群は、必ずしも穏やかに進行していたわけではなく、ファン同士の小競り合いやいわゆる荒らしもしばしば起きた*28。こうした一連の流れから、「負け」という言葉が論争の火種であるという意見を汲んで『恋に破れたヒロインを愛でるスレPart1』といった「負け組ヒロイン」を含まないスレッドも建てられた*29。しかし、スレッド自体が長続きせず、次第に各板の関連スレッドへの書き込みは減少した。

 アニキャラ総合板ではその後、散発的に負けヒロイン関連のスレッドが建てられたが建設的な会話には乏しく、状況は上記の現行のスレッドでもあまり改善していない*30。つまり、何もなかったというわけではないが、生産的な議論が進んでいたわけでもない、というのが先ほどの疑問への答えとなる。

 以上、2ちゃんねるでの「負け組ヒロイン」・「負けヒロイン」の変遷を調査した。他のメディアにおける使用状況も気になると思うので、いくつかのプラットフォームに関しても調査した。

 Yahoo!知恵袋では、現在確認できる「負けヒロイン」を完全一致で質問文に含む最古の質問は、2015年2月1日に投稿されたものだった*31はてなアカウントでブックマークされているなかでは、2012年9月26日に書かれた記事が最古だった*32

 Twitterはどうか。負けヒロインで完全一致するツイートを遡ってみると、2021年3月1日現在で確認できる最古のツイートは2009年6月から7月にかけてのものだった。2ちゃんねるで確認されたものよりも古いが、この内、ふたば☆ちゃんねるという画像を中心に進行するネット掲示板でのスレッドに関する言及がふたつあったのだが、残念ながらログは残っておらず、本稿の「負けヒロイン」と同義なのかは確認できない。そのため起源を塗り替えるものかどうかは判断がつきがたい。

 尻すぼみだが、判明したことをいま一度確認しておくと

・「負け組ヒロイン」は2008年7月、「負けヒロイン」は2009年7月頃が初出

・両者は語義はほぼ同じで、単なる言葉が変化した結果

 以上の2点となる。本稿は負けヒロインの探求というよりは、負けヒロインを題材として、インターネットで閲覧できるテキストに量的な分析を試みても、よっぽどデータが信頼できる場合を除き、得られるものはわずかだということを伝えたかったので、本稿の出来が微妙だと思えたら、私の伝えたいことは伝わったといってよい。

 

3.負けヒロインはどこからも来ていない

 最後に課題をまとめたい。本稿はそれなりに負けヒロインという単語の起源を真面目に遡り、それっぽいテクストまでは行きついたが、これを完璧な答えとみなすのには「待った」がかけられるべきだ。すでに前節でも本音が少し漏れているものの、いちおう羅列してけじめはつけておこう。

 まず、インターネットで特定のワードを収集するならばウェブスクレイピングを実施するべきだ。スクレイピングで特定のワード(たとえば「負けヒロイン」)を収集すれば、時系列上での理解は少なくとも量的には増す。私がサーチできなかった、より古い負けヒロインの使用例もきっとみつかると考えられる*33

 だが、ウェブだけでは不十分だ。調査対象をインターネットに絞る際に添えた言葉が、そのまま跳ね返ってくる。電脳空間を経由していなかった時代の言説は、インターネットだけでは追いかけることができない。最終的には「めくり」の作業を避けられない。それをしていない本稿が、完全な研究になるはずがない。

 しかし、スクレイピングは負けヒロインに関するテキストをくまなく拾いあげられるのか? 私はちまちまとウェブサイトを手繰りよせながら今回の参照サイトを発見したが、最初からスクレイピングを試みていたら「負け組ヒロイン」にまで目を向けようとはしなかった。そもそも、負けヒロインについて論じる際にどの言葉が出現するかは不確定である。「噛ませ犬」や「準ヒロイン」というワードも出てくるかもしれない。そもそも「負け(組)ヒロイン」が、冒頭で挙げた定義と重ならない場合もある。単に「負け(組)ヒロイン」の使用例を集めたところで、それらを「負け(組)ヒロイン」の言説とはみなせない。

 つまり、当該の用語に関する定量的なデータが即時的に有益かどうかは、たいへん疑わしい。せいぜい量がモノを言うのは負け組ヒロインから負けヒロインへの利用比率の変化を示すぐらいで、それ自体が何かを説明することはない。

 人々はデータが何かを説明しているのではないかと推測する。それが思い込みなのか思い違いなのかは、代弁する人間の話術と彼が有するデータの精度にかかっている。私が今回の調査をもとに「エロゲをはじめとした複数のヒロインが出てくるコンテンツの、TVアニメをはじめとしたメディアミックスが2000年代前半以降に増えるにつれて、受け手が負けたヒロインの存在を認識しはじめた。同年代中期から、2ちゃんねるにおいてかかるヒロインについての議論がされるようになり、『負け組ヒロイン』という用語が誕生し、時代が経るにつれて『負けヒロイン』へと変化した」という説明をしたとしよう。しかし、この主張はほかでもない参照したスレッドの書き込みをもって確証が持てなくなる。

 このように「負けヒロイン」という概念は、誕生以前のアニメに対してもカテゴライズの仕事をこなしてしまう*34。こうなると、負けヒロインという用語の起源を調べたところでたいした意味はない。具体例を集めたり挙げたりすればするほど、皮肉なことに「負けヒロイン」が言説にたいして持つ役割は小さくなっていく。

 また、インターネットの言表は発言者の特定がしばしば困難となる。2ちゃんねるはIDによって同一月日の発言者を特定することはできるが、逆にいえばIDさえ変えれば自演行為は可能となる。ブログもツイートも消してしまえば検索には引っかからないし、アカウントをいくつも持つことはできる。すんなりと資料にできるほど、ヒットする言葉の質は安定しておらず、集合体としてはさらに信頼できない相手となる。

 こうした「どうしようもなさ」を避けるには、どうしたらよいのか。やはり、作品へと戻り、俯瞰するのではなく、潜入するほうを選ぶべきだ。「負けヒロイン」は用語として使われる以上、キャラクターや要素を入れるからっぽの壺であり、その起源を探ろうにも、こねる前の泥には戻せないという諦観にいたる。負けヒロインを認識の道具にせず、追跡の結果報告とする。これを再確認するために、まどろっこしい本稿は書かれたといってよい。負けヒロインは果てから訪れた稀人ではない。われわれが視聴しているコンテンツのなかに、すでにいるのだ。

 

4.結言

 今後も負けヒロインについての論考を進めるが、そのほとんどは事例研究となっていく。すでに負けヒロインの定義は定めている。語源や語彙の変遷は二次的なものにすぎず、要素のリストアップは求められている作業ですらない。彼女たちのあとを追いかけて、軌跡を記述することがわれわれに課せられた仕事と心得よう。本稿はその決意表明である。

 

5.謝辞

 草稿に対してコメントをくださったぽわとりぃぬ、LEDs両氏にこの場を借りて感謝申しあげる。反映した点、できなかった点があるものの、現時点での成果物として本稿をアップする。


人気ブログランキング

 

*1:掲示板内で話題ごとに細分化された「板」に建てられるスレッドへの返信

*2:2021年2月28日取得, http://a-park.hatenablog.com/entry/20070718/p1

*3:はてなブログタグより。2021年2月26日取得, https://d.hatena.ne.jp/keyword/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AC

*4:ちなみにかくいう文章は存在する。2021年2月26日取得, https://lieutenanta.hatenadiary.org/entries/2007/03/24#1174715619

*5:いわゆる「百合」作品でもこのような状況は生じうるが、今回は考慮しないものとする

*6:というよりは時間が足りない

*7:5ちゃんねるというのが馴染まないので、この名称を用いる。悪しからず

*8:パートスレと呼ばれる

*9:2021年2月27日取得, https://comic6.5ch.net/test/read.cgi/doujin/1116986616/

*10:スレッドを建てた投稿者。当然だが投稿はスレッドの1番目に表示される

*11:仮にあるとすれば、価値判断の影響を否応なしに受けている

*12:河下水希作『いちご100%』(週刊少年ジャンプにて2002年3月4日~2005年8月10日連載)のこと

*13:2021年2月28日取得, https://anime2.5ch.net/test/read.cgi/doujin/1173405929/

*14:パートが進むにつれて「負け組」への言及も散見されるようになる

*15:2021年2月28日取得, https://anime3.5ch.net/test/read.cgi/anichara/1138205109/l50

*16:性描写を含む未成年の購入が禁止されているゲーム

*17:2021年3月1日取得, https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%82%B2%E3%81%8C%E5%8E%9F%E4%BD%9C%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

*18:共通のシナリオから選択肢によって個々のキャラクターに焦点をあてる個別シナリオ

*19:関連記事に関してはhttps://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1908/18/news035.htmlを参照。2021年2月28日取得

*20:私事だが、前回に対象とした『聲の形』もけっして恋愛が主題というわけではない

*21:むろん、漫画やライトノベルのメディアミックスの状況も鑑みなければ蓋然性は高くならない。あくまで試論である

*22:この指向は当スレッドが2次創作を前提とする同人板で建てられたことも要因にあるだろう

*23:各板の保存容量等の都合でスレッドに書き込めなくなること

*24:2021年3月1日取得, http://anime3.5ch.net/test/read.cgi/anichara/1216133204/

*25:ロボットやメカが出るアニメに偏っているのは投稿者の趣味と思われる。同ジャンルと負けヒロインの相関関係については、本稿は立ち入らない

*26:「負け組」等の語句は、既述のダブルヒロインに関するスレッドでも用いられていたが、完全一致するワードとしては当タイトルが初である

*27:本稿で挙げた板はポップカルチャーに関連するという意味でどれも同じに思われるかもしれないが、当然ながらアニキャラ総合板ではアニメの話しかしないし、漫画サロン板では漫画の話しかしない。複数の板で建てることは話題を話す場が明示的に広がっている

*28:一例としてはhttps://rkarashi.wiki.fc2.com/wiki/%E8%B2%A0%E3%81%91%E7%B5%84%E3%83%92%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%AC%E8%8D%92%E3%82%89%E3%81%97%E4%BA%8B%E4%BB%B6を参照。2021年3月1日取得

*29:2021年3月1日取得, https://yuzuru.5ch.net/test/read.cgi/doujin/1305078764/

*30:たとえば、上掲の「負け組フラグ」にもあるように特定の声優を要素として還元するきらいのレスが目立つ

*31:2021年3月1日取得, https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12141396567?__ysp=JnF1b3Q76LKg44GR44OS44Ot44Kk44OzJnF1b3Q7

*32:元の記事はすでに削除されている

*33:ただしTwitterなどのスクレイピングを禁止しているサイトでは、APIを利用することになる

*34:ロボットゲー板の『スパロボ図鑑 2387冊目』の77レス目に添付された画像では、1979年放映の機動戦士ガンダム(ファースト)にまで作用している。2021年3月1日取得, https://toro.5ch.net/test/read.cgi/gamerobo/1327497984/。リンク先は危険性があるため、画像はhttp://blog-imgs-43.fc2.com/y/a/r/yaraon/up99536.jpgから参照されたい。やむなく転載画像へのリンクを載せたが、この元画像の経緯等についてご存知の方はコメントしていただけると幸いである