小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

名鉄小牧線でゆくOMMCツアー

 飲み会にはコールというものがあるそうだ。平凡な人生を送ると無縁の存在だが、その気になれば簡単に関わりを持てる。そもそも酒のなかにはコールがすでにあるとはいえ(「アルコール」だからね)、コールを唱えればもっと楽しくなるかもしれないし、虚しくなるかもしれない。すべては気の持ちようで変わる。

 代表的なコールは、と紹介しようとしたところでまったく知らないことを思いだし、ググってみた。ご丁寧にまとめてくれている方が何人もいるのでいくらでも引用できるが、活字にされたものに目をとおすと漫才をミュートで見るようなもどかしさが湧いてきて、すぐにブラウザを閉じてしまった。申し訳ない。「飲み会 コール」で検索するとわんさか出てくるので、気になったら各自で調べてほしい。

 ところで上記の検索ワードにはなかなかひっかからないが、話題になったコールがある。タイトルで挙げた“OMMC”だ。知らない方にごく簡単な顛末を述べると、2017年6月にインスタグラムに投稿された大学生の飲み会でのコールが話題となり、Twitterや動画サイトに「この世の終わりみたいなインスタの投稿」というコメントやタイトルと共に転載されて不特定多数に拡散した。こうした動画が即座に「コンテンツ」と化すのはインターネットの常で、3年経った現在でも風化したとはいいがたいのは、そうした「利用」がされているからだろう。

  こう書いておきながら、いつ話題になったのかあやふやだったので軽く調べてみた。Twitterで「この世の終わりみたいなインスタの投稿」と検索すると、2017年6月2日にいわゆるアルファツイッタラーと呼ばれるフォロワー数の多いアカウントが「発見」したことが契機と分かる。細かい時間をみるとすでに17時の時点でトレンドに入っていたようだ*1。インスタグラムにアップされた動画のリンクは同日のTwitterでの「話題のコンテンツ」にて88位になっており*2、夕刻以降ながらすぐに話題と化していた。

 インスタグラムの動画はおそらく日付が変わる前後で消されたが、いったん「流出」したものが完全に消えることはなく、瞬く間に広まった。YouTubeで「この世の終わりみたいなインスタの投稿」という検索ワードでヒットする現存のもっとも古い動画の投稿日は6月2日。同日の20時前にはニコニコ動画にもアップロードされている*3。まさしく炎のようなスピードで、動画は拡散されていたのだ。

 OMMCという名称はコールに含まれる女性の乳房(=O)、女性器(=M)、男性器(=C)に由来し、Twitterの検索結果では遅くとも6月4日の夜までに生みだされていた。ニコニコ動画での転載された動画のタグ履歴を確認すると、最初にOMMCが確認できるのは6月5日23時39分に取得されたデータで、以降は「この世の――」よりもこの通称での指示が優位になったと思われる。

 このワードが風化していないことは、さまざまなデータから推測できる。Googleトレンドによると人気度のグラフは以下のとおりなのだが、実は人気が100、つまり最高になったのは2019年5月第一週で、拡散から約2年経ったのちとなっている*4。人の噂も七十五日というように、2017年9月以降はいったん沈静化したものの、すでに一過性と捨てるには長すぎる注目を今日まで集めているようだ。

  

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 また、ニコニコ動画に転載された動画(sm31325850)の閲覧数の推移を示したグラフによると、投稿直後の伸びがもっとも激しいながらも、現在にいたるまで一定のペースで閲覧されていることが分かる*5

 こうした私的な動画の流出および拡散は当事者のネットリテラシーへ原因が帰されるかもしれないし、実際その側面は否めないものの、閲覧によって当事者が断続的に「晒される」のは、看過すべきではない。この動画を見た大多数は、しょうもない学生のノリの果てと軽くあしらったり過度にあげつらったりしただろうが、飲み会という場でなんの脈絡も用意されず唐突に出てきた各語がアレという事実を、もっと深く考えてもよいのではないか? 日本ではもっとも原始的な信仰のひとつに生殖器崇拝がある。崇拝とコール、聖と俗の極限で対置された両者にフィーチャーされても違和感がないキーワード、それがOMMCといえる*6

 現代において、なんでまた大昔の信仰を……と首をかしげるのはごもっともだ。しかしながらCOVID-19のパンデミックで閉塞感の只中にある日本に海と歴史のかなたからやってきたのは、江戸時代の人々が一生懸命描いていたと伝わるアマビエである。信心は世代を越えるのだ。

 いっぽう政府はGoToキャンペーンによって経済振興を図ろうとしている。感染者が7月下旬から全国的に再増加の一途をみせるなか、すぐとは言わずとも仮に旅行をするとして、どのような内容が望ましいかを真剣に考えた。その答えがOMMCの「巡礼」だった。それぞれに関連した寺社をめぐることで、このワードを個人攻撃のツールではなく、原初的な信仰を考える足掛かりへと変えたい。

 個人へのリンチともいえる攻撃を含む感情的な言動がコロナ禍において散見されているが、思うように外出ができなかったり生活上の不安が重なったりすることも一因にあるのではないかと推測される。そんな状況で荘厳な空間で心を落ち着かせることには、単なる祈願以上の効果があるだろう。なお掲載した写真は今年3月に同県内在住の筆者が単独で訪ねた際に撮った旨をあらかじめ注記する。

 

目次 

 

 乗る路線の紹介

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名古屋鉄道300系。線内を走るのはすべて4両編成

 具体的な内容へ移るまえに、名鉄小牧線がどんな路線かを説明しよう。名古屋鉄道という東海唯一の大手私鉄が持っている小牧線は、名古屋市上飯田駅から犬山市犬山駅まで約20kmの短くも長くもない平凡な路線だ。上飯田駅から小牧駅までは複線で、そこから終点の犬山駅は単線となっており、郊外路線とローカル線の雰囲気が混ざっている。上飯田方面の電車は犬山始発の終電を除き、すべて直通している名古屋市営地下鉄上飯田線平安通という駅まで向かう。

 運行本数は線路の数のように小牧駅できっぱり分かれている。犬山からは平日休日ともに早朝深夜を除いて日中は毎時4本。小牧始発の電車が朝のピーク時に3-4本、17-20時台に2本ずつ。小牧より先から利用する場合は時刻表を確認する必要がぼちぼち出てくる。

 名古屋市内から犬山方面へ向かう電車の本数を見ると、小牧線の人の流れがすこし見えてくるだろう。上飯田始発の電車はなく、一区間だけを結ぶ上飯田線平安通駅から発着するようになっているが、平日でもっとも本数が多い時間帯は7-8時台で8本。帰宅ラッシュの17-20時台は6本なので、犬山方面の需要は朝のほうが多いのだ。

 素朴に考えると大都市部に通勤する人が帰る時間帯に本数が増えると考えがちだが、第二次産業がさかんな愛知県の例外に漏れず、小牧線沿線はさまざまな規模の工場が立地しており、むしろ名古屋から郊外への移動のほうが多くなる傾向がある。同様の流れはJR東海道線でも名古屋市内から刈谷への通勤で確認できる。実際、休日の7-8時台は6本に減っているいっぽうで17-20時台は変わらず6本ずつなのも通勤需要の多さが窺える。

 ちなみに小牧線は犬山で名鉄の他路線と接続しているが、名古屋市内では名古屋や金山、栄で連絡せずに孤立した形となっている。昔は小牧と隣町の岩倉(名鉄犬山線がとおっている)を結ぶ路線もあったけど、1964年に廃線となった。しかも上飯田JR中央線が走る大曽根を結ぶ名古屋市電が71年に廃止されると、名古屋市内に向かう小牧線ユーザーは終点の上飯田から同年に開通した市営地下鉄名城線平安通駅まで徒歩での乗り換えを強いられた。1km弱なので非現実的ではないものの、面倒なことこのうえなかっただろう。

 重い腰をあげた名古屋市上飯田線を開通させたのは2003年。日本でいちばん短い地下鉄路線のおかげで、小牧線のアクセスはようやく向上したのである。

 話がちょっと逸れた。最初の目的地の最寄り駅、小牧へ向かおう。平安通から15分少々で着く。


小牧山間々観音(小牧市)

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ホームは地下にある

 駅に着くと立派なコンクリートループ線が出迎えてくれる。小牧線は地下を走っているのに、なぜこんな道路が……否、これは道路ではなく(元)新交通桃花台線、通称ピーチライナーの遺構である。ちょっと離れた桃花台というニュータウンと小牧のあいだを結んでいたが、わずか15年で廃止になった不遇な路線だ。本稿では触れないが、ツッコミどころ満載なので気になる方は調べてみるとよい。

 

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現在、全線で解体が進んでいる。この特異な風景も近いうちに見納めになるだろう

 小牧駅周辺にはおおきなショッピングモールもあり、にぎやかな印象を抱く。シンボルロードと名付けられた目抜き通りを西へ進むと、小高い緑の丘が眼前に現れる。小牧山だ。織田信長も拠点として居城の経験がある小牧山城が築かれて、現在は山頂付近に城を模した歴史資料館が建っている。大人は100円、中学生以下は無料という破格の値段設定なので、軽い運動ついでに訪ねてみよう。

 小牧山の北側をなぞるように進み、小牧駅から25分ほど歩くとひとつめの巡礼先、間々観音に到着する。間々、ママ……ママと聞いて連想するものといえば?

 

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山門はよくある寺と変わりない

 

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におわせるのぼり旗

  ここは日本で唯一の「乳」、つまりおっぱい観音がいるお寺だ。思いつきでできたように聞こえるが、寺の由来によると1500年前後に狩りに出かけた先で観音様を発見する神秘体験により出家した狩人が創建したという、長い歴史を持っている。

 この縁起自体にはまだ「乳」の影はない。なぜおっぱい観音と呼ばれるに至ったのか。それは16世紀中期の言い伝えが発端となっている。夫に先立たれ、1歳にも満たない子供を抱えた母親は食べるものにも困り、栄養不足でお乳も出なくなってしまった。哀れんだ近所の老人が米を少し与えたが、ダメな現世より安楽な死後の世界を求めた母は、件の観音様に老人の米を供えて祈りつづけた。驚くことに麓へ下りると空腹感はなくなり、お乳も出るようになった。余ったお乳を村の赤ちゃんにあげたお礼で生活も苦しくなくなり、観音様はお乳にご利益ありと信仰を集めるようになった。

 ちなみに狩人が観音様と出会ったのはあの小牧山である。当初はその山腹に鎮座していたが、16世紀後半、現在の所在地にある寺が合祀して今に至っている。

 そんなわけで、境内のそこかしこにおっぱいがある。門をくぐるとある手水も、間々観音仕様となっている。

 

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感知式になっており、人がとおると「お乳」が出てくる。ハイテクなおっぱいだ

 

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常香炉さえ間々観音ではこのとおり

 「ここにおっぱい、要る?」みたいなところまで意匠がこらしているが、かえってそのこだわりが境内に統一感を与えている。あまり違和感を覚えないのはさきほどの話に出てきた観音様の由緒のおかげだろう。

 

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さすがに本堂には乳房はついていない

 上の写真左下の絵馬に注目。馬ではなく、そこに施されているのは――

 

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おっぱいだ。しかも3D

 このように、乳にまつわる間々観音では母子の健康、家内安全はもちろん交通安全にもご利益があるという。なんでも馬をぐーんと健康にさせる農夫にその技を与えたのが、例の観音様なのだそうだ。現在でも車祓いを行っているので、もしマイカーで参拝しに来たならばついでにお願いしてみよう。

 誤解を与えぬために補足しておくと、おっぱいといえば母=ママだから間々観音、では断じてない。間々とは寺が所在する場所のもともとの地名で、崖や傾斜のきつい土地を意味し、日本各地に見られる。どこに崖なんてあるのか。その答えもまた、小牧山にある。

 

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 上の図は国土地理院のインターネット上の地図で、間々観音(「始」地点)から小牧市立図書館(「終」地点)までを結んだ断面図を示している。小牧山を挟んだ両地点の高低差を見ると、間々観音側の小牧山が急傾斜地になっていることが明瞭となる。ほぼ標高20m弱の平地がわずか約30mのあいだに42.78m(線分上のオレンジ色の点)となっている。これは実に約76.7%の勾配で、坂と呼ぶにはまったく優しくない、まさに崖である。「ママ」は傾斜地の麓にある平地に付けられる場合もあり、まさに小牧の間々はその典型例なのだ。つまり、間々観音がお乳に因んでいるのは、まったくの素敵な偶然といえる。

 

大縣神社(犬山市)

 さて、最初の巡礼先から戻り、ふたたび小牧駅から電車に乗る。次は4駅先の楽田駅だ。

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読みは「がくでん」

 県道177号線を東へずっと進むと、目的地に辿りつく。道のりは分かりやすいがダンプカーがひっきりなしに通行して交通量が多いうえに歩道が狭いので注意されたい。20分ほど歩くと、住宅が少なくなり急に厳かな雰囲気が漂う。尾張国二宮、大縣神社だ。

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3月には梅まつりも開催される

 一宮はご存じだろうが、二宮はなかなか聞かないかもしれない。読んで字のごとく一宮は各地(律令制で定められた国々)で、もっとも格式が高い神社。二宮は二番目の神社だ。尾張の一宮は真清田神社で、この神社が鎮座するから一宮市という名前になっている。三宮は熱田神宮で、知名度からしてみるとちょっと意外に思える。

 大縣神社の歴史は二宮になっていることから察せるように、非常に古い。近くにある本宮山から遷座したのは、神社で伝わるところによると垂仁天皇27年、つまり紀元前3年。2000年以上前だ。延喜式にも記され、大正時代には近代社格制度*7で4番目の国幣中社に定められた。微妙なレベルと思われるかもしれないが、そもそも官社は10万以上ある神社のなかからわずかに200社ほどしか選ばれていないので、そのリストにある時点で相当な格を有しているのだ。

 

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社殿の構えも立派

 古くから信仰を集めてきた大縣神社にはいくつかの摂社があり、そのうちのひとつ姫之宮のそばに巡礼先がある。姫之宮には尾張地方開拓の祖神である大荒田命の娘、玉姫命が祀られており、女性の守護神として長く称えられてきた。女性と古い信仰の結びつき、それが答えだ。

 

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姫之宮。境内社だが立派な佇まい

 

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見れば説明は不要だ

 姫石は岡崎市の石材店が奉納したそうだ。最初に発見した時、ものすごい感動を覚えたにちがいない。それこそ奉納するぐらいの。日本各地で女性器に仮託された岩はあるが、ここまで直観的に理解できるものはないだろう。拝めるなんてついてる! ラッキー!

 しかし、これだけでは”M”がひとつ足りない。二度参拝するべきか。実は姫之宮には山腹に奥宮があり、別の岩が祀られている。登ってみよう。

 

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姫之宮奥宮の鳥居

 社殿のある敷地からそれほど距離はないものの、けっこうちゃんとした山道で気をつけないと足を滑らせる。特に雨上がりの際には用心されたい。

 

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参道の途中で振りむくと山林が続く

 

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祠と岩。これが「奥宮」だ

 たどりついた先には社殿などない。剥きだしの土に緑が生いしげり、祠と白い岩に二段の柵が設けられているのみ。まさに日本における信仰のプリミティブな姿(祠があるぶん、そこまでではないかもだが)である。境内にあった姫石の造形美もすばらしいけれど、原初的な信仰の姿もたいへん厳かで、貴重な場といえるだろう。

 

田縣神社(小牧市)

 楽田駅に戻り、上飯田方面へ一駅、最後の目的地の最寄り駅、田県神社前で降りる。

 

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すでに目的地を語っているようなもの

 駅名でお気付きの方もいるだろう。3つめの巡礼先は田縣神社だ。駅から5分ほどで着く。こちらも延喜式に記載があり、歴史の深い神社である。

 

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道路沿いに立地する。名前を記した石碑の大きさから規模が窺いしれる

 大縣神社が女性ならば、田縣神社は男性のシンボルを祀っている。3月に催される豊年祭で知っている方もいると思う。祭りについての記事は他をあたってもらうとして、境内について紹介していこう。

 

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堂々とした社殿

 境内の案内によると、子宝・安産(子孫繁栄)・商売繫盛・恋愛成就・縁結び・夫婦円満・交通安全などめぼしい願いはなんでも叶えてくれるらしい。御祭神の一柱に同じ玉姫命が並んでいること、もっと素朴な点を指すと男女という二対の関係からも大縣神社とこの神社はある種のペアと察せる。

 それは豊年祭という祭りでも明らかである。毎年3月15日に開催され、大男茎形という神輿が巫女によって街を進み、大縣神社では同日に山車が練り歩く。前者は男根、後者は女陰をモデルにしている。ここまで大掛かりな生殖器信仰の祭典が現在でも見られるのは国内ではごくわずかで、ことに西洋からみるとたいへん珍しいらしく、春先の尾張野に多くの外国人観光客が見に来るという。

 つらつらと文章で伝えるよりも、イメージがあったほうが分かりやすいと思われるので写真を掲載したいところだが、社殿内に奉納されているものがほとんどで、アップするのはためらわれる。片隅にあった祠に留めたい。

 

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「玉さすり 賽銭いれて 珍となる」いれなかったので珍にならずじまいだ

 写真は「珍宝窟」という名前で、右側の玉をさすると家内安全、商売繫盛、金運上昇、左側は恋愛成就、子宝、安産、夫婦和合の願いごとが叶うとのことだ。

 

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手前に1本、なかにはさらにもう1本

 以上で全旅程が終了した。当方は約2時間半かかった。もしまわるなら、それぐらいかかるとみておこう。犬山から始めたので大縣神社田縣神社間々観音の順となったが、せっかくなら記事で紹介したように巡るとより楽しめるかも。その場合、最初の間々観音の開門は午前7時半なので、それ以降のスタートになる。個人的には午前に旅程をこなすのを勧めたい。特に夏は日中の暑さが無視できないし、大縣神社奥宮のすがすがしい空気を味わえる朝を逃すのはもったいないからだ。

 マスク・消毒を欠かさずに距離を保ったよい旅を……と書いておいてなんだが、急速に感染者数が増えている目下の状況で、そんな放言はできない。せめてこの記事で旅情の一片でも感じてもらえれば幸いだ。訪れた各地の風景を余すところなく掲載してはいないが、旅は身体を動かしてこそ。GoogleMapで旅をした気になっているなんて、YouTubeの料理動画で満腹になると言っているようなものだ。この先の風景は収束後に君の五感で確かめてみよう!

 

参考サイト

小牧山間々観音ホームページ(2020年7月26日参照, https://mamakannon.wixsite.com/index)

基本的に金曜日は閉まっているようなので、要注意

尾張国二宮大縣神社ホームページ(2020年7月26日参照, http://ooagata.urdr.weblife.me/index.html)

田縣神社 公式ホームページサイト(2020年7月26日参照, http://www.tagatajinja.com/index.html)

*1:https://twitter.com/TwTimez/status/870554511122640896

*2:http://social.userlocal.jp/?document=ranking&domain=all&date=2017-06-02

*3:https://www.nicolog.jp/watch/sm31325850?page=20

*4:なぜこの時期に話題になったのかは不明だった。ご存知の方は教えていただけるとありがたい

*5:2020年8月8日取得。取得先はhttps://www.nicolog.jp/watch/sm31325850?page=20

*6:生殖器じゃないものも含まれているが、ご愛嬌ということでよろしく頼みたい

*7:明治維新下の皇国主義推進の一環で定められた神社の格式。戦後は廃止されたが現在も神社庁別表神社に官国幣社は名を連ねる。なお別表には護国神社などの官国幣社に選ばれなかったものも含まれている