小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

東大入試英語の4,5をフランス語に差し替える

 2018年。私は東大二次試験の英語の大問4と大問5をフランス語に差し替えて受験した。ちなみに合格した。


 この結果に至るまでには、当然

①フランス語差替を決心し

②フランス語の試験対策をする

という二段階のプロセスを経たわけだが、その中で色々なことが未整備の状態にあり、それが①のハードルを無闇に高くしていると感じた。


 この記事の目的は、東大フランス語差替受験のハードルを下げることであり、そのための道しるべとなる情報の提供である。

 

 そも、英語教育が主流のなか敢えてフランス語を修得している日本人はそこに何かしらの愛着があるに違いなく、そのような環境では“生きたフランス(語)”が好まれるのは当たり前で、受験英語のように“受験仏語”という枠に押し込むのには抵抗を覚える人が多いだろう。

 だからこそ受験環境は整備されておらず、そしてこの記事で試みることはまさしくフランス語を“受験仏語”に加工する作業であり、故にそこには一定の価値のある小文化を見出せると考えた。

 

もくじ

 メリット・デメリット

 まずはフランス語差替のメリットとデメリットについて。一番の長所はやはり時間短縮である。一般的に英語の大問4と大問5を解くのには40分前後かかるとされていて、英語が苦手な人ならさらに時間を要するだろう。対して、フランス語は20分前後で解き終えることができる。実際に私はリスニングの下読みに突入する前に1-Aと4,5を終えることができていたので、凄まじい威力である。

 もう一つの利点は、得点しやすいということである。単純に難易度が低いうえに、これは多分に推測が混じるが、部分点を取りやすいのだ。おそらく、時間を投下して真面目に対策すれば、誰でも35/45点程度は安定して取ることができるだろう(たった20分で!)。
 反対にデメリットは明快で、勉強する科目が一つ増えることにある。加えてその勉強環境は整っていない。過去問を手に入れるのにも一苦労であり、先生も見つけにくいだろう。
 繰り返すが、この記事の目的はそのデメリットを少しでも減らすことにある。

 

過去問の入手、問題形式、解答用紙、配点予想について

 私が最初にしたことは過去問の収集であった。フランス語に差し替えることが現実的なのか判断するためである。また、私の知る限り受験仏語に参考書は存在しないので、結局、試験対策に過去問の入手は必須である。
 ここ数年の赤本には英語以外の外国語の問題が掲載されていないが、少なくとも00年代の赤本には載っているので、アマゾンで購入した。最近のものについては、東京大学新聞の解答号を取り寄せた。

 

 問題形式は直近20年以上大きく変化せず、大問4は仏文和訳、大問5は5題の仏文書換である。仏検1級の一部に似たような知識を問う問題もあるにはあるが、正味ほとんど被らないので、“試験”として捉えるなら仏検とは別の対策が求められると考えてもらいたい。

 ニッチな分野であることと、統一の解答用紙を使用する都合で他の外国語とも足並みを揃える必要があることを考えると、問題形式はこれからも急激な変化は行われないと予測しているが、センター試験廃止などに伴って改変されることは十分に考えらるので注意されたし。

 

 解答用紙は英語の大問4,5とは別に用意されていて、行を示す横線が引かれたのみのシンプルなもので、大問5に関しては自分で小問ごとに区切る必要があるが、大したことではない。

 

 配点は英語の大問4,5の合計点数と一致し45点程度のはずである。さらに掘り下げると、大問4が25点、大問5が1題4点で20点と予測している。バランスを考えるとこの配点が大きく外れていることはないだろう。

 

採点基準予測

 採点基準について軽く考察すると、大問5はわからないが、大問4は加点方式であると推測される。というのも、出題される仏文は最低でも5行程度はあり、減点方式で採点していくとあっという間に0点になってしまうからだ。

 さらに、採点はかなり甘めのはずである。例えば大問4では、2002年に出てくるchocolaterieや2004年のse déplaçaient dans la clarté de l’airもしくは2011年のJe sens tes doutes se glisser sous les portes.といった表現は直訳では平易な日本語にならず、どこまで意訳することが望まれるのかは全く不明であり、しかもそれを試験中に判断するのは困難だろう。おそらく、「生産体制を兼ね備えたチョコレート専門店」ではなくただの「チョコレート屋」と訳しても、或いはもしかしたら「ショコラトリー」と訳しても減点はなかっただろうし、「空気の透明さの中を移動していた」ではなくて「澄んだ[透明な]空気の中を移動していた」でも減点はなかったと考えるのが妥当ではなかろうか。2011年に至っては「お前の疑いが扉の下から忍び込んでくるのを感じるんだ」が直訳だが、日本語的に明晰ではない。しかし実際には、この表現は大きな辞書でも意訳を避け直訳を採用している絶妙な表現なのだが、それを知らずに「お前が家の中にいると気が散って集中できないんだ」と意訳しても大きな減点にはならなかったのではないかと思う。

 過去問の文章を読んでいると、細かい単語の訳出がきちんと出来ているかよりも、大まかな文意を掴むことが出来ているかどうかを問うている印象が強い。あくまでも印象だが。


 同様のブレは大問5にもあり、例えば2011年のcについて、解答はCe chapeau ne me plaît plus.がフランス語として自然だが、ただ単に受動態にしただけのCe chapeau n’est plus aimé de moi.も文法的に誤りではない。

 大問5の問題文は「~(条件)で、ほぼ同じ内容の文に」書き換えよという指示が多く、「ほぼ」という文言を含むことで、解釈が曖昧になりやすい。例に挙げた以外でも、副詞の位置が違うといった小さな差異にとどまらない複数の解答が予想される問題がいくつか見受けられた。このことは遠因として採点基準が甘いことを示唆しうるだろう。

 

出題範囲予測

 次に、私の予測した出題範囲を説明しようと思う。


 語彙に関しては、1000語では明らかに不足で手も足もでないだろう。1500語でも不足感は否めなく、分からない単語が多いはずである。2000語あれば最低限の準備としては成立して安定感がでてくるが、分からない単語の意味をいくつか文脈から推測する必要がある(例えば2012年のagenouillergenou=膝から「ひざまずく」といったように)。3000語もあれば十分かと思われる。仏検の単語帳などを基準にするならば、少なくとも3級程度の語彙は完璧にしたうえで、準2級程度まで修めれば高得点を望めるようになるはずだ。

 注意してほしいのは、1998年のlocataire(下宿人)や2002年のtrottoir(歩道)、2004年のtramway(市街電車)、2008年のquai(プラットホーム)、2015年のAristoteアリストテレス)などのように、どちらかというと”受験”的ではなく日常的な語彙も注釈無しで出てくるという点である。

 

 大問5では語法も問われる。名詞の動詞化などのように品詞を名詞、形容詞、動詞間で交換することを要求する問題は比較的頻出である。語彙を覚える際はその点に留意すると良いだろう。基本的な動詞については共起される前置詞も覚えておくべきである。余裕があれば多少は慣用的な文章表現も押さえておくのが望ましい(例えば2006年のcではQu’est-ce que vous faites dans la vie?が登場する)。


 文法は中級程度まで把握していれば困らない。私の見立てでは単純過去は範囲外である。1997年の大問4にわずかに登場するが、それ以外では大問4にも出ていないし、大問5で問われたことはない。つまり、大問5で書かされることは無いだろうから、êtreの単純過去の語幹がfであることや、訳出の仕方が複合過去と大して変わらない、といった程度の基本的な知識をさらっておけば大過ない、ということだ。

 

出題傾向分析

 私が集めた20年以上の大問5の過去問から出題傾向を分析すると、
①関係代名詞を用いて1文にする(dont,lequelなども範囲内)
②直接話法を間接話法に変換する(逆変換もある)
③目的語を主語にする(受動態、代名動詞、onなどを利用)
④ジェロンディフに変換する(逆変換もある)
⑤目的語などを代名詞にする(en,y,leなども範囲内)
⑥品詞を変換する(名詞、動詞、形容詞など)
⑦接続法を使う表現に書き換える(特にIl faut queは頻出)
の出題頻度上位7項目が全体の55%程度を占めていることがわかった。

 特に2004年や2009年、2010年、2011年の大問5はこれら典型的なパターンが多く登場するので、演習にお勧めである。逆に2008年や2013年の問題は例外的に頻出問題がほとんど登場しなかったので、演習としては後回しでもいいかもしれない。
 ささいな注意として、もし新・リュミエールを参考書として使用するのであれば、関係代名詞の項目は説明が不十分であると感じたので、他の確かな情報源からも文法知識を仕入れることを推奨する。

 

 順番が前後してしまったが、大問4について。仏文和訳は全文和訳と下線部和訳の2種類に大別されるが、前者の方が出題回数は多い。まあ、必要な能力は大して変わらないのでこの点は気にする必要はないだろう。文量はまちまちで、最低でも5行、最大で10行程度は覚悟するべきである。内容もさまざまで、物語文の抜粋から形而上的な論考まで。全体的に基本的な語彙が使用されているが、解釈が難しいものが多い。まれに社会常識が必要なこともある(例えば1997年の問題では、フランスの学年の数え方が日本と逆であることを知っているとらく)。時制の変化や並列表現に気を付けて、語彙知識の偏りを減らしておくと良い。

 

準備に必要な時間

 どの程度のリソースを投入すれば受験仏語を十分に仕上げることができるだろうか。人それぞれだと思うので、ここでは私のケースを軽く紹介する。

 私は大学で第二外国語として初めてフランス語に出会い、理系ではあるが2年間、週に2,3コマ程度の講義を受講していた。仏語に差し替えて受験することを思い立ったのは遅く、今年の1月末なので、それまでは受験に使用することは一切考慮せずに勉強していた。今年の1月時点で仏検の準2級を受験していて、これは合格していた。思い立ってからの約1か月は毎日ひたすら語彙を暗記し、文法書も何周か読み込んだ。過去問には模範解答がなかったので、2月中旬にフランス語の教室(英会話教室の仏語版?)に登録し、複数のプロの講師と確認しながら解答を作成した。この程度の勉強で、結果としては大問4はほとんど理解することができ、大問5も大きく悩むことはなかった。

 

 初学者であればやはり最低でも1年は重点的に取り組む必要があるだろう。よっぽど要領が良い人でも半年は見たほうが安全である。率直に言えば、英語しかやらない高校の現役生にはあまりお勧めできない。というのも、結局大問1,2,3には英語が必要なので、そこを疎かにするべきではないからである。

 逆に仮面浪人をする人には積極的にお勧めしたい。ただし、フランス語よりもドイツ語の差替の方が簡単だという噂もあるので、そちらの方が良いのかもしれない。

 

おまけ

 フランス語差替の問題は年ごとに難易度の差が激しい。例えば大問4であれば、短い年は5行程度の文量であるが、長い年では10行に届かんとすることもある。内容も物語文なら比較的把握が簡単だが、抽象的な内容は語彙が平易でも把握が難しくなることが多い。個人的には、1998年の大問4が本番で出てきたら投げ出したくなるだろう。大問5に関しても文法的な問題は解法を整理することが可能だが、語法的な問題が多くなると難易度が高めになると言っていいだろう。


 また、問題の指示文に注目すると、細かい言い回しが20年でマイナーチェンジし続けている。これもまた問題が洗練されていないことを示していると捉えることができるし、全体的に難易度や採点にムラがあるのだろう。その点は覚悟する必要がある。

 

 

 

最後に、関係者各位に感謝と、願わくばこの記事がわずかでも後進の役に立つことを。