小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

-俺の政権がこんなに出会い系バーに厳しいわけがない-空振り安堵と坂口安吾

おはようございます。つおおつです。
最近政治が面白いですね。
 個人的には、都政も国政も本当にやんなきゃいけないことそっちのけだなあという感想しかありませんが、一つ気になったことがあったので記事を書かせていただきます。それは、前川喜平前文部科学事務次官の出会い系バー報道についてです*1

 

 公人*2と性。これは古今の東西を問わず、問題にあがってくることですね。

 

 今回はこの問題を議論するにあたって、たまたまつおおつが読んだことのある坂口安吾が1950年に書いた*3エッセイ、『安吾巷談 02 天光光女史の場合*4』を参考にしつつ議論していきたいと思います。

 

 

 1950年のことはつおおつもみなさんもよくわからないでしょうから、このときの事件をゆっくり説明していきたいと思います。

 この当時、日本初の女性代議士の一人である、松谷天光光という人がいました。
 彼女は労農党の議員でしたが、立場・思想の違う民主党*5の妻子ある議員・園田直と恋愛関係になってしまい、ついには妊娠してしまいます。
 天光光の父は、こんな男と結婚するくらいなら結婚させたくない、言うことを聞かないなら、天光光を殺して一家心中するとすごい勢いでした。
 そんなわけで表だっても対立できないので、天光光は、身の回りのものを少しずつ持ち出して、父の寝ている早朝に家出、迎えていた夫と車で一緒に向かったのは母の墓、劇的な家出を墓前で報告して天国の母に許しを乞うて直と一緒になった…というストーリーです。
 このストーリー自体と、そこからくる日本政治の闇、思想の違う男女の恋愛についての安吾の分析は面白いのですが、それを考察するとまた一つの大事業なので、今回は、出会い系バー報道にかかわりそうなところだけピックアップしていきましょう。

 さて、安吾は、天光光がした仰々しい家出について、このように指摘しています。

未明五時十五分に家出して、墓前へぬかずく、それを追跡する記者がある、芝居じみたことをやるものだ。そんな危険をおかす必要は毛頭ない。ただ、政治的カラクリをのぞいては。
こんな人の理性をなめたことをやらず、真剣に、恋愛一途に没頭し、同じ家出をやるにしても、ミーちゃんハーちゃんと同じように、買い物に行ってきますと云って家出して、つつましく結婚していれば、どれぐらい素直で、人の反感を刺戟しなかったか知れないであろう。
連日にわたってフロシキ包みを持ちだして、ミーちゃんハーちゃんと同じことをやっていながら、家出という一事のみに、代議士なみの効果を利用し、午前五時、ヘッド・ライト、墓前、線香、このイヤミは、人間がその一途の恋に於て当然そうあるべき素直さを汚すこと万々である。


 一方で今回の出会い系バー報道について、前川氏は、

私が行ったのは事実。ドキュメント番組で女性の貧困について扱った番組を見て、実際に話を聞いてみたいと思った。食事をして、小遣いをあげたりしていた。そこで出会った女性を通して、女性の貧困と子供の貧困が通じていることがわかった。ああいうところに出入りしたのは意義があった

と述べ*6、弁解しました*7

 つおおつは、出会い系バーの指摘があったとの記者会見で前川氏が上記の弁を述べたときに、この安吾のエッセイを思い出したのです。
 もし、単に女の子と遊びたくて出会い系バーに通っていたとしたら、素直に言えばよかったのに、と。好きな子がいて、その人に夢中になってしまった、と。それでよいのです。

恋愛に一途であって、世の悪評をしりぞけることが出来なかったタメシはない。すてられた女房や亭主に対する同情よりも、一途の恋人の方が必ず世評に於ても勝つのである。
多少の道学者はすてられた女房や亭主に同情するが、ミーちゃんハーちゃんは常に恋人の味方であり、それがほゞ全般的な大衆の気分でもあること、古今東西、殆ど変りはない。

安吾も言っています。自分の恋愛が正しいと、ちゃんと胸を張ってほしかったです。それで大丈夫なんです。日本の文化行政のトップの中のトップの人が、恋愛は年の近い男女の1対1の真摯な関係でしか成り立たない、それ以外の関係は公にしてはいけない、と思っていたとすれば、それは日本の文化的多様性を大きく狭めることになると思います*8。文化行政を司る文部科学省事務次官失格です。好きなら、年がいくら離れてても、端からみて援交にしか見えなくても、胸を張ってほしかった、という思いしかありません。

 

 ところでみなさん、この記事のタイトルは前川氏を批判するものではありませんね。
そうなんです。つおおつは、こんなしょうもないネタで内部告発をつぶそうとした手口のせこさに一番いらついているのです*9

彼らがもし恋愛に一途であり、恋愛のためにすべてを怖れざるの勇気がありさえすれば、彼らは政治的にも救われたのだ。カラクリを弄する必要はない。人間万事、そうだ。事に処してそれに殉ずるのマゴコロがあれば、すべてに於て救われる。
大衆は正直であり、正義派だ。彼らはマゴコロに対しては常に味方で、一つのマゴコロを成就するために多少の罪を犯しても、マゴコロの純一なるによって他の罪を許してくれるほど寛大で、甘いのである。

 今回の前川氏の言い訳は、ある意味わかりやすかったので、大衆はすぐに前川氏が出会い系バーにはまってしまっていた、彼の"マゴコロ"に気づきました。そして大衆は前川氏が公人の立場にあったときでも出会い系バーにはまっていた罪を許すのです。

しかしながら、恋愛というものは、むしろ計算の念がない方が勝利を占めるのである。これを政治的に利用することを考えず、恋愛一途に生きぬこうとする方が、結局、政治的にも勝利を占めることになるのである。

 計算の念をもって前川氏の"マゴコロ"を利用して、氏を貶めんとした政権側。さて、最終的にどっちが勝利を占めることになるのでしょうか。恋愛を政治的に利用して、氏を貶めることで一旦は安堵した政権側の、空振り安堵に終わるのかもしれません。

 安吾の考えは、今の日本社会でも通用するのでしょうか。結果はすこしづつ見えてきましたけれど、どうなるか楽しみですね。

*1:なんのことかわからない方は、http://archive.is/ZnvAy を参照

*2:まず、既に事務次官を辞めた人が公人にあたるのかについては議論の分かれるところですが。

*3:この文章の初出は1950年2月1日の、「文藝春秋 第二十八巻第二号」です。

*4:青空文庫で読めます。 坂口安吾 安吾巷談 天光光女史の場合

*5:今の民進党とは違います、労農党は社会党の一部が独立したもの(後に合流しますが)で、この時の民主党は今の自由民主党の前身です。

*6:前川前事務次官が会見「あったものはなかったことにできない」、「出会い系バーでは“女性の貧困“について話を聞いていた」 (AbemaTIMES) - Yahoo!ニュース

*7:本当にこのような調査をしていたという説もありますが、(http://lite-ra.com/2017/06/post-3207.html など参照)今回は前川氏が女の子と遊ぶための出会い系バー通いを素直に告白するのが恥ずかしくてこのようなことを言ってしまったとします。

*8:話は変わりますが、フランスの新大統領マクロン氏の奥さんは24才も年上だそうです

*9:いろいろなことが言われておりますが、タイミングを考慮すれば、前川氏の加計学園についての文書に関する記者会見の信頼性を低めるという狙いがあったとみて、問題ないと思われます。