小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』から感じた”静かな侵略”の恐ろしさと”自由を勝ち取ること”の素晴らしさ

 2度目の寄稿になります。(恐らく、今年最後の投稿になるのではないでしょうか?来年も少しずつこの活動を盛り上げていけるといいですね。)

 今回は執筆者が数あるアメコミ実写作品の中で最も好きな作品の一つである『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』を考察したいと思います。

 

 考察を始める前に”キャプテン・アメリカ”というキャラクターの簡単な説明をさせていただきます。キャプテン・アメリカを知らない人が抱くイメージの多くは恐らく、”なんか盾が強いらしい愛国者”だと思うのですがこれは誤解で、彼が忠誠を誓っているのはあくまでアメリカという国やアメリカ軍という組織ではなく”自由”と”博愛”を重んじるアメリカン・スピリッツの精神です。どちらか(なお、今回紹介するのはマーベル・コミックの実写映画シリーズであるMCUシリーズ内での設定です。)

 

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 キャプテン・アメリカは本名をスティーブ・ロジャースといい1918年7月4日にニューヨークのブルックリンで誕生しました。(ちなみにこの7月4日というのはアメリカ独立記念日です。)父母を幼い時分に亡くし天涯孤独な暮らしをしていたスティーブは病弱なもやしっ子ながら自由と博愛の精神を持つ高潔な人物へと成長しました。そんな中遠く離れたヨーロッパで人々の自由と平和を脅かしていたナチスと戦うため親友のバッキーとともに兵役に志願しますが病弱であり体格も小さかったことから何度志願しても落第してしまいます。(バッキーは普通に受かりました。)それでも兵士になろうとするスティーブの姿を見た軍の特殊部隊であるSSRの科学者アースキン博士からスーパーソルジャー計画に参加するチャンスを与えられ軍へ入隊。博士の開発した超人血清を投与され世界最高の超人兵士キャプテン・アメリカへと生まれ変わります。キャプテン・アメリカナチスから独立し世界を掌握しようと企む怪人レッド・スカル率いるヒドラ(HYDRA)に仲間たちとともに立ち向かっていき、大切な親友バッキーを喪いながらも同組織を壊滅まで追い込みます。しかし、同時にスティーブもヒドラの特殊兵器を積んだステルス機を氷海に着水させて行方不明となってしまいます。70年後、SSRの後継組織であるS.H.I.E.L.D.が同海域を調査中奇跡的に冷凍冬眠状態にあった彼を発見し保護。その後、キャプテン・アメリカとして同組織に所属することになったスティーブはアイアンマンや雷神マイティ・ソー、ハルクらとともにヒーローチーム・アベンジャーズに参加し地球に侵攻してきたロキ(ソーの義弟で邪神)率いるチタウリ(所謂、戦闘員ポジションのエイリアンの軍勢)と対決し見事撃退するのでした。(『キャプテン・アメリカ/ファーストアベンジャー』及び『アベンジャーズ』での出来事。なお、キャプテン・アメリカが冷凍冬眠状態にあった中での世界の情勢はスティーブの恋人ペギー・カーターを主役に据えた『エージェント・カーター』でその一部を知ることが出来ます。) 

 

 

 今作ではアベンジャーズでの戦いから2年が経過しS.H.I.E.L.D.のエージェントとして特殊部隊S.T.R.I.K.E.班や同じくアベンジャーズの一員である女スパイのブラック・ウィドウ/ナターシャ・ロマノフとともに様々なミッションをこなす中で、ある海賊事件の裏にS.H.I.E.L.D.内部で秘密裏に侵攻していた恐ろしい陰謀の存在と事件の裏に見え隠れする謎の暗殺者”ウィンター・ソルジャー”が明らかになっていきます。誰が味方かわからない緊迫した状況の中で人々の自由を守るためキャプテン・アメリカが立ち向かっていく…といった内容です。

 

 ネタバレになってしまいますが今作の黒幕はS.H.I.E.L.D.内部で巣食っていた壊滅したはずのヒドラでした。これはアメリカのペーパークリップ作戦(第2次世界大戦後アメリカ軍がドイツの優秀な科学者を連行し自国の技術者にした実在の作戦)を行った際にヒドラの残党の科学者をSSRに招き入れたことが発端となっています。表向きは彼らはSSR及びその後継組織であるS.H.I.E.L.D.の科学者として振る舞う一方で裏ではヒドラ再興のため徐々に組織内部や軍部・政治家などにヒドラ信者を増やしていきヒドラの邪魔になると判断した相手を彼らの切り札である”ウィンター・ソルジャー”を始めとした工作員によって暗殺・謀殺し続け70年の間誰にも気付かれぬままS.H.I.E.L.D.の実権を握るまでに成長し力を蓄えていたのでした。これを執筆者は”静かな侵略”と呼称しています。

 

 そして、彼らの”静かな侵略”はこのことだけに留まらず”インサイト計画”という計画を秘密裏に実行に移そうとしていました。この計画は表向きはDNAデータや過去の経歴をコンピューターに読み取らせテロリストを割り出してヘリキャリア(MCUシリーズに登場する巨大空中母艦の一種)で処分するという大義名分を掲げていますが実態はヒドラの脅威となりうる人物を割り出して一斉に処分するというもの。(劇中ではハルクに変身するブルース・バナー博士やドクター・ストレンジ、アイアンマンと言ったヒーローは勿論のこと多くの一般市民がその対象になっていることが明かされています。)この計画はテロリストを根絶するという一見すると(手段はともかくとして)まともそうな大義名分を掲げており多くの人々が裏に潜む組織の真意に気づくことが出来なかったことに恐ろしさがあるといえます。(実際、この計画にはヒーローであるアイアンマンこと天才科学者トニー・スタークも技術提供をしており多くの人々が平和への第一歩と考えていたことが読み取れます。)キャプテン・アメリカの活躍で作中では未然にこの計画は阻止されたが気付かずに計画が実行されていたらいつの間にか世界がヒドラに制圧されているという最悪の状況が引き起こされていた可能性すらあるのでした。(奇しくも同年に公開された配給会社は異なるものの同じマーベル・コミックを原作とする『X-MEN フューチャー&パスト』では”インサイト計画”によく似た”センチネル計画”が実行されてしまい荒廃した未来が描かれています。)

 

 

 執筆者が今作(というよりも『キャプテン・アメリカ』シリーズ全般)が好きな理由に対峙する敵が決して荒唐無稽な存在でない点があげられます。ヒドラという組織は上述したとおりナチスから派生したという設定を持っていることからもわかるように実在した独裁国家ナチス・ドイツがモデルとなっています。そして、このナチスは有名な話ですが決して武力によるクーデターで樹立したのではなく当時最も民主的な国家だったと言われるドイツで正当に選挙によって国を掌握しワイマール憲法を無効化することで独裁国家へと変貌し第2次世界大戦という惨禍を引き起こした国家なのです。いわば、現実で起こった”静かな侵略”とも言うべき出来事から誕生したといえ、これは同時に今作のような”静かな侵略”がいつ再び現実で起こってもおかしくないことを示しているといえます。この”静かな侵略”を分かりやすくそれも大衆が見やすいエンターテイメント作品として描いたという点はあらゆる面で評価の高い今作において最も評価すべき点だあるように執筆者は感じています。

 

 そして、このヒドラの恐怖を用いた支配による”偽りの平和”を否定するキャプテン・アメリカが終盤でS.H.I.E.L.D.の全職員に向けて行うスピーチが今作最大の見所であり、”静かな侵略”の恐ろしさと対になる形で併記した”自由を勝ち取ること”の素晴らしさを感じさせる名シーンとなっています。

Attention all S.H.I.E.L.D. agents. This is Steve Rogers. You’ve heard a lot about me in the past few days. Some of you were even ordered to hunt me down. But I think it’s time you know the truth. S.H.I.E.L.D. is not what we though it was. It’s been taken over by Hydra. Alexander Pierce is their leader. The strike and insight crew work for Hydra as well. I don’t know how many more but I know they are in the building. They could be standing right next to you. They almost have what they want. Absolute control. They shot Nick Fury and it won’t end there. If you launch those helicarriers today Hydra will be able to kill anyone that stands in their way unless we stop them. I know I am asking a lot but the price of freedom is high… it always has been, and it’s a price I am willing to pay. And if I am the only one, so be it. But I am willing to be that I am not.

 

 

 色を変え太文字にした箇所で自由についてキャプテンが語っておりこれを意訳すると『自由の代償は大きい。いつだってそうだ。それでも払う価値はある。』と発言しています。自由には責任が伴います。責任は常に誰にとっても面倒でつい鬱陶しく思ってしまうものであり今作で描かれたとおり人は時に自ら知らず知らずのうちに自由を放棄し何か大きな力にすがってしまおうとしてしまうことがあります。(国やそれに準じた組織など。今作で、言えばヒドラに巣食われたS.H.I.E.L.D.が行おうとした”インサイト計画”のように。)自由と向き合っていくことはとても大変なものです。それでも自由が保証されているからこそ人間は人間らしく生きることができます。だからこそ、自由を守るために立ち上がり戦わなければならないとキャプテンは言い切っているのです。

 

 現在、グローバル化に伴い様々な人生の選択肢や権利が広がったことで逆に”自由”に疲弊した人が増えてしまっているのか世界的に右傾化が進み同時に大衆にわかりやすい言葉で甘い囁く我の強いリーダーを求める傾向が見られるように思います。こうした現実の流れは知らず知らずのうちに自分自身の”自由意思”すらも他の大きな誰かや何かに委ねてしまい結果、最悪の事態を引き起こすかもしれません。『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』という作品は『現実に限りなく近い世界であってもすべての人々の”自由”を守るために戦う漢の姿』を観ることが出来る作品です。今の時代に自分がどう”自由”と向き合っていくのかを見つめ直すのに最適な映画ではないでしょうか?

 

 なお、今作で S.H.I.E.L.D. は事実上壊滅しますがヒドラは残存しており彼らとの戦いはスピンオフドラマとして制作された『エージェント・オブ・シールド』シリーズや劇場作品としての続編『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』や『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の冒頭で描かれることになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ:

同名のタイトルで(一応)原案となっている キャプテン・アメリカ:ウィンターソルジャーという作品は日本語訳されて発売されていますが登場人物が共通している程度で内容的には全くと言っても可笑しくないほど異なっているので別物として割り切って読んで観るのもいいかもしれません。キャプテン・アメリカの基本設定が細かく描写されておりこの1冊で話が完結する(一部、原作シビル・ウォー以降の伏線は回収されませんが大筋はきちんと完結します)ので原作デビューする方にもおすすめです。 

 

キャプテン・アメリカ:ウィンターソルジャー (ShoPro Books)

キャプテン・アメリカ:ウィンターソルジャー (ShoPro Books)

 

 

 今作のような自由と博愛の価値を重んじるキャプテン・アメリカの姿を原作で知りたい方はキャプテン・アメリカ:ニューディールという作品を手にすることをおすすめします。こちらは2001年に発生した9.11テロを題材にした作品でテロという存在 を生み出してしまったアメリカという国の功罪をキャプテン・アメリカが一人の人間として向き合っていく名作です。

キャプテン・アメリカ:ニューディール (MARVEL)

キャプテン・アメリカ:ニューディール (MARVEL)

 

 

ナチス・ドイツに関する参考にした書籍や映像作品など*

 ヒトラーとナチ党が如何にして政権を奪取したのかが歴史の流れに沿って分かりやすく書かれています。

ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)

 

 こちらは執筆者が敬愛する故・水木しげる先生が描いたヒトラーの一生を描いた劇画作品。小学生の頃、両親から誕生日プレゼントに貰ってからヒトラーナチスに興味をもつようになりました。ヒトラーという人物の一生を知る入門書に適した作品です。

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

 

 

 ニコニコ動画などの動画サイトで人気の総統閣下シリーズの元ネタとなった作品でヒトラーの秘書を務めたトラウデル・ユンゲという女性の視点からヒトラーやナチ党の最後が描かれています。純粋に映画としてとても面白い作品なので空耳ネタだけでなく多くの人に見て知ってもらいたい作品。

ヒトラー ~最期の12日間~ Blu-ray

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第10回講談社漫画賞一般部門受賞も受賞した漫画の神様・手塚治虫が手がけた歴史漫画。(関係ないですが、多くの話題をさらった『週刊文春』で連載されていました。)『アドルフ』の名を冠する三人の男たち(主人公2人とヒトラー)を主軸に歴史の流れに翻弄されていく人々の数奇な運命が描かれています。

アドルフに告ぐ コミック 全5巻 完結セット (手塚治虫漫画コミック 全集)

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