尾田栄一郎作のマンガ『ONEPIECE』(以下ワンピース)には考察界隈がある。これは、ワンピースの今後の展開を予想したり作中の謎を解明したりするファンたちの集まりで、主な活動の場はSNSやユーチューブだ。特に、後者のいわゆるワンピース考察系ユーチューバーには登録者数100万人を超える人もいる。これ程の人気になるともはや考察の当たりはずれは関係なく、「当たっているかは関係なくおもしろかった」と評価されている。当初の目的である考察の的中が二の次になっているこの状況は、マンガを読んでいるといえるか?
そもそもワンピース考察がいつから始まったかというと、2000年ごろのアラバスタ編からだという。このエピソードでは「古代兵器」、「Dの一族」、「空白の100年」をはじめとした作品全体にかかわるキーワードが登場し、ワンピース世界の大きさが垣間見えた。ネットの黎明期とも重なり議論が盛り上がったのだそうだ。
アラバスタ編以降もワンピース世界の秘密が断片的に開示されつづけ、ワンピースは2022年7月25日発売の『少年ジャンプ34号』に掲載された1054話をもって最終章に突入した。
これはワノ国編というエピソードの終盤にあたり、現時点(2025年7月)での最新話は1153話、エピソードはエルバフ編となる。最終章突入のアナウンスがあって以降、ワンピースは加速度的に世界の秘密が明らかにされており、それに伴い考察界隈も盛り上がっているのが現状だ。
なお、ワンピース考察界隈といっても、そこには2種類の人がいる。1つは文字通り考察をする人で、もう1つは、考察と言っているだけでその実最新話のネタバレをしているだけの人だ。今回扱うのは前者の方だけである。
そうやってこの界隈を分類したとき、筆頭に上がるのはユーチューバーのDrop the Pizza(以下、ドロピザ)だ。ファッション系YouTuberとして活動していた中、突如としてワンピース考察動画を投稿し、それが的中。以来ワンピース考察をメインに投稿するようになった。
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本記事でメインに扱うのはこのドロピザだ。なぜなら、ワンピース考察界隈唯一の登録者100万人超のユーチューバーであり、その考察の面白さもトップクラスだからだ。はじめのところで紹介した「当たってるかは関係なくおもしろかった」という評価もこのチャンネルに対してされたものだ*1。
ではドロピザはどんな考察をしているのだろうか。
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例えばこの再生数上位に入る動画ではワンピース世界の秘密を考察している。ポールシフトという地軸の移動が空白の100年に起きたという説には独自性があるし、作者尾田栄一郎の子どものころに流行った作品にも類似した設定があるなど、説得力がある。
この動画に寄せられたコメントを抜粋してみると
・当たってるかなんてどうてもよくて、考察に対する説得力が凄すぎる
・これ含めすべて考察って括りだけど、もう正直ネタバレじゃね、と そう思ってしまうくらいに 説得力が神掛かってる
・このチャンネルのONE PIECE考察見てて思うけど、考察外れてたとしてもそういう設定でも全然納得できるくらい内容濃いんだよな
このように動画の完成度を称賛する声が多い。これはドロピザの中でも名考察といっていい。
さて、この動画にも現れている通り、ドロピザの考察はワンピースのモチーフとなった舞台や元ネタから展開する。尾田栄一郎はディズニーが好きであるためドロピザの考察でも頻繁にディズニー作品が引き合いに出される。また、この動画においては、『未来少年コナン』と『神々の指紋』という「作品」が提示され、それが小さい頃の尾田栄一郎に影響を与えたと考察されている。
しかし、これには疑問が残る。確かに未来少年コナンは小さい頃の尾田栄一郎も見ていたかもしれないが(尾田が1975年生まれで未来少年コナンの放送は1978年)、『神々の指紋』は初版が1995年なので小さいころではない。もっというと、この本はアトランティスが南極にあったと主張する自称ノンフィクションの本で、20歳の漫画家がこれを素直に元ネタにするとは考えづらい。田中芳樹やジュール・ヴェルヌの小説、アニメだと『トップをねらえ!』などもっとポールシフトを知るきっかけになりそうな作品はある。それでもドロピザがこの本を例示したのは、ワンピースに登場するポーネグリフに似たオブジェクトが作中に登場するからだという。ポーネグリフとは真実の歴史が古代文字で刻まれた石のことなのだが、この世の真相が暗号のかたちで刻まれた石という発想は、『神々の指紋』を読んでなければ思いつかないほど特異だろうか。
私がこのように疑問をつらつらと書けるのも、ドロピザをテーマに記事を書くと決めて批判的な態度で臨んでいるからであり、ぼーっと動画を見ていると、「そうかもしれない」と思わせる説得力が確かにドロピザにはある。それは以下のコメントに見られるように、一つにはゆいまる(上記動画サムネの女性)のビジュの良さによる。
考察系ってテンポ良くバンバン話してかないとたるいな~ってなるのに可愛いから間も尺も持つのがすごいとこ
【ワンピースネタバレ】マジで分かっちゃいました。15 より
これはドロピザを他のワンピース考察系ユーチューバーと比べたときの明らかに優れた点だ。彼らをワンピース考察界隈のトップに押し上げた要因の1つといっていい。ワンピース考察界隈は男性の比率が圧倒的で、それも軽快に話すというよりは、淡々と自説を発表する語り口のため絵面の面においてつまらない。対してドロピザは、ゆいまるというオシャレで可愛い女子大生を中心に据え、後方に犬を置き、適宜ゆいまるのワンピキャラのコスプレを挿入する徹底ぶり。なぜこんなことをわざわざ書いたかというと、ドロピザの頭脳であるりょうは間違いなくこれを計算してやっているからだ。
初手に可愛い女を見せることで我々は魅了され、彼女の言う言葉を信用しやすくなる。そして彼女は淡々と賢そうな語り口で、作品内外の意外な要素同士を結び付けて考察を展開していくのだ。
例として現在(2025年6月)ワンピース考察界隈でホットなテーマとなっているブルックと軍子の関係をドロピザがどう考察しているのかをみていこう。軍子とはワンピースの敵キャラであり、ブルックとは主人公ルフィの仲間だ。現在、どうやら軍子はブルックがルフィの仲間になる以前に仕えていた姫様だったのではないか、今の軍子は悪い奴らに操られているのではないかという描写が断片的になされ、なぜ2人は離れ離れになったのか、「かつてとある国の護衛戦団団長だった」としか情報のなかったブルックの過去がいよいよ明かされるのでは、と考察界隈を刺激している。
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この問いに対しドロピザはまずブルック(Brook)という名前に注目する。曰く、ブルックはインスブルックやハプスブルクといった城を意味するブルクに由来する。続いて、「一度死んでいるが悪魔の実の力でよみがえった」、「なぜか神の騎士団(筆者注:軍子が所属している敵方)の存在を知っていた」というブルックに関する情報を整理する。上述の護衛戦団団長という経歴や最新話の情報も併せて、「ブルックはかつてとある王国の護衛団長であり、そこを神の騎士団に滅ぼされた。軍子はその時の王女だった」と結論する。
さて、インスブルックのブルック(bruck)はドイツ語で橋を意味するため、ドロピザは最初から間違えている。だがこれは些細なことだ。ハプスブルクのブルク(burg)は確かに城だから。重要なのは、ワンピース考察とは作中の要素と要素をつなげて一本の線にするその過程なのだ。軍子がかつて王女だったこととブルックが彼女に仕えていたことは作中で描かれた。ブルックがかつて護衛戦団の団長だったことも描かれた。ブルックが神の騎士団を知っていることも描かれた。だが、軍子がコロンという子どもを人質に父のギャバンを倒したことが、かつて軍子が神の騎士団にされたことを操られてさせられている構図だというのはドロピザの予想だ。この予想に説得性を持たせるため、ドロピザは他のシーンを引用し、「親は子を命がけで守る」というワンピース世界の鉄則を示す。さらに鉄則つながりで「尾田先生はアンパンマンが好き」というドロピザ内におけるテーゼを持ち出し、ブルックのデザインがホラーマンと、軍子とロールパンナちゃんとが似ていることを示す。さらに、ブルックが敵によって飛ばされた場所にあった魔法陣と、今回軍子が召喚されたときの魔法陣が同じ模様であるという事実を驚きを持って伝えている*2。さらに、ブルックと軍子が「不死身」である共通点からスリラーバーク編へと関連させ、ブルックが軍子たちの攻略法を見つけるのではと結論付けている。
長くなってしまったが、つまりそういうことだ。この動画のタイトルは「ブルックと軍子まさかの○○です」であり、その焦点はブルックと軍子の関係だ。ただ連載された事実を話しているのは動画の前半であり、後半はドロピザがその事実からいかに遠いところの要素まで結び付けられたかを語っている。「尾田先生はアンパンマンが好き」というテーゼの根拠は、SBS(単行本の単話と単話の間に挟まれる読者質問コーナー)にて尾田がそう回答したからなのだが、この回答はふざけた回答だと私は思う。なぜなら「尾田先生はアンパンマンが好きですか?」というQに対してしたAではないからだ。
本動画のドロピザの考察はブルック=城から始まり、姫を守る騎士→フェンシング→約束を守る、とキャラを深堀すると同時に、過去編やSBSの一見関係なさそうな要素と接合させ最後に今後の展開の予想へとつながっていった。この接合が遠い要素同士であればあるほど、かつ不自然でなさそうに見えれば見えるほど、考察が当たっているかどうかはどうでもよくなる。それはもはや考察の過程そのものを楽しむものになるからだ。
本記事の最初で立てた問い「ワンピースを読んでいるといえるのか?」に対する答えはNOとなる。それはさながら同じ話に噺家が個々の解釈を上乗せして喋る落語のようで、「誰々のこの落語が聞きたい」ならぬ「ドロピザの考察がおもしろい」となっている以上、リスナーの目当ては作品ではなく考察なのだからワンピースを読んでいるとは言えない。とはいえ、禁止するほどのことでもないと私は考える。少なくとも作者にその権限はない。たとえ作者の執筆や気分がどれだけ害されていようともだ。考察というからなんだか高尚な響きがあるだけで、コマ1つの描写から妄想を広げるBLと本質は変わらないし、幼き頃の私に「ゾロは剣剣の実を食べたんだよ」と噓を教えてきた従兄とも地続きだ。「ブルックと軍子って昔は騎士と姫の関係だったっぽいな」と与えられた情報だけを読んで満足しない以上、考察は決して止まらない。

サムネ用