小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

東京人、地方人の掌に踊る

 先日、つおおつ君が京都のほうで新歓を開いてくれました。「N・H・Kにようこそ!」は私も見たことのある作品で、初見の方が受けた衝撃たるや想像に難くありません。独立自尊の日々を固守する当方にとって、「受け流す力」は必須スキルなもんですから、佐藤くんのご都合思考には同感を禁じえません。あとは岬ちゃんがいればカンペキなのですが、そのためには大学へ行かず引きこもらなければならないので、きょうも明日も粛々と通学するわけであります。「まなびストレート!」は雨のため中止となってしまいましたが、安全第一ですから当然のことですね。このたびの大雨は被害が大きかったそうで、テレビのないワンルームでもその甚大さを伝えきいています。被害に遭われた方々が、1日でも早く復興への道筋を歩めるよう非力ながら願っております。

 ところで、この災害にかんしてSNS等を見ると、やはりというのはやるせないですが、首都圏ではその規模に見合った報道がなされていないようです。私はこういった報道の非対称性に出くわすたびに、どうしても能登半島地震発生時に時の東京都知事閣下であった石原慎太郎が、街頭演説で言いはなった「ああいう田舎ならいいんです」という失言を思いださざるをえません*1。もう震災が起きてから10年以上経ちますが、このような意識を災害にかぎらず、インフラや文化資本において東京人をはじめとする首都圏在住者が根底に抱いていることは、エビデンスゼロでも断言してよいのではないでしょうか。

 

 こういった東京人(煩雑なので東京大都市圏に住む人々を本記事では指すこととします)の優越感というか、地方への蔑視は、なにも実際に地方で暮らす人だけに向けられたものではありません。地方から東京へ移り住んだ、いわば「在京1世」や「2世」にたいする内なる蔑視も存在します。ちょうど先日のつおおつ君の記事でいうところの、「受け流す力」を発揮した「『お互い様』の思考」のような。

 私は彼がいうところの「なんとか東京にしがみついていく」人間、あるいはその子供なわけですが、東京にはそういう人間ばかりで、そして東京の消費行動、それに伴う文化を支えるのは、まぎれもなく、「なんとか東京にしがみついていく」人間たちなのです。そして、それはここ2,30年の話ではありません。

 東京へ本格的に人口が集中したのは、高度経済成長期のころでした。東京都の人口が1000万人を突破したのは1962年で、集団就職により地方から若い労働力をどんどん吸いとった結果です。その成果もあって、終戦時には約28%だった都市人口比率も、70年には約72%となりました。

 フィッシャーの下位文化理論に従うと、人口が多くなればなるほど諸文化やそれを生みだす空間が発生しうる臨界量を満たせるようになります。実際、人口の積み重ねがあってこそ、はじめて70年代後半から80年代のいわゆる地下文化、そしてそれ以降続くサブカルチャーの系譜が紡がれえたといってよいでしょう。みうらじゅんタモリといった、パッと浮かぶサブカルチャー的な雰囲気を持った芸能人だって地方から上京してきたのです。

 ここで、「地方にいたら彼らの才能が発揮できなかったんだから、別に東京になんの落ち度もないだろう」という幻聴が聞こえたので、それについてもコメントしておきましょう。東京でクリエイティブな力が発揮されたことは、なにも東京のおかげではありません。単に東京がいちばん人がいた。ただそれだけのことです。大阪や名古屋に目を移せば、その地で活躍するローカルタレントだっています。現代の美術家には、創作にふさわしい場を求めて地方、そのなかでも農村へ移住する人は珍しくありません。もちろん、現代はメディアや情報の伝達手段が発達しているという要因は見逃せませんが、そのような点で東京と地方がフラットになった場合、必ずしも才能の発揮は場所を選びません。

 とはいえ、現代でも自己実現の場として、東京は抗いがたい魅力を持っています。たとえば音楽でいうと、上京して成功したバンドや歌手を、邦楽を聞かれる方ならすぐ思い浮かべることができるでしょう。宅録という手段はあるものの、やはり東京という空間に身体を置くことのアドバンテージはあるわけです。

 ここで時間という軸を考える必要があります。つまり、現在の都会らしい=東京の文化の作り手、担い手には、過去において少なからぬ地方出身者がいたという事実です。芸能人でいうと先に名前を挙げましたが。90年代以降に限定した場合、東京人が地方人にたいしてもつアドバンテージは、東京が抱える商業圏やインフラ等々(あえて一言でいえば、「東京に生まれたこと」)と、意図的に特筆しますが、東京で生まれた文化が生得的に内包していた場所性をすんなりと理解し、受容できることです。東京の地名がやたら知名度が高いのは、他地方に比べてそこが素晴らしいというよりは、在京メディアがそこばかり報道するからです。つまり、東京による言説的なヘゲモニーが再生産され、固定化している。

 すべてが東京の陰謀だったなんていうと「N・H・K」の佐藤くんや柏先輩の二の舞を踏んでしまいますが、実際のところ、地方を表象する際に東京が再帰的に意識する優越性は露呈します。マイルドヤンキーという言葉は好例といえるでしょう。じゃあおまえらはエリートなのかと。けっして東京に住んでいたからといって情報リテラシーが高くなるわけではないし、東京の繁華街を知っていたからといって、本質的には地方の人が地元の地名を知っていることとは違いなどありません。在京メディアによって、最大公約的な地名に仕立てあげられているだけのことです。

 とはいえ、実際に地方から住む方だと、やはり地元の周辺にいる人間と首都圏にいる(であろう理想的な)人間を脳内で比較して、地方に落胆や幻滅してしまうことがあるかもしれません。でも、それ自体がそもそも言説的ヘゲモニーであるといいたい。地方には地方の生きるメソッドがある。こういう意見は批判されがちです。ちょうど東洋経済オンラインで「恐怖の実話!悪夢と化した「夢の田舎暮らし」」*2という記事が掲載されていましたが、これはまさしく横暴な言説的ヘゲモニーです。地方の、しかも農村部の集落なら組に入るのはあたりまえで、引っ越したら一升瓶でも持って頭を下げるか、長が頑固一徹なら諦めるべきなのです。この場合は、自治体が他所で行われているような事前相談会、集落の人との顔合わせをしていなかったようなのでそれはよくなかったと思いますが、そういったある種のノウハウを知らずに移住してきた東京人には、しょうじき冷ややかな視線を投げざるをえません。記事によると、組や学校に苦しめられた移住家族は、他の移住家族の紹介で集落からすこし外れた別荘地域に転住し、「田舎暮らし」をエンジョイしているようです。めでたしめでたし。

 確かに、これは理想の一形態だと思います。でも地方からしたらたまったもんではない。林間学校をタネに膨らませた東京人による「田舎」の妄想を勝手にぶつけられ、組なんてこりごりと責められて終わり。もしこれで集落が廃村になったら、それは集落が自然減に耐えられなかったというだけで、そこで完結するぶんには落ち度はありません。もし落ち度を感じるなら、それは東京人の言説的ヘゲモニーの賜物でしょう。

 「お互い様」というのは、この身勝手な言説的ヘゲモニーに則っているわけです。地方人からしてみれば、おのぼりさんが集住してできたバカでかい人口を用いて構築された繁華街のなかで、勝手に東京人によって他者下降させられるのはいい迷惑といっていいでしょう。そして実際に地方に住み、いま地方に住む人々の視線を受け流せないと悩むのも、なんどもいっているヘゲモニーをいまだに王冠のようにかぶっているからなのだと。これは実態や、数値でみえる都市と地方の差ではなく、これまで東京主導で積みあげられてきた言説がなせる業だったのです。本当はどこにいたって、地方人の掌にいたというのに……。

 こうした地方(田舎)の表象を創作作品から考えるイベントが、偶然にも小文化学会という団体によって実施されるようです。びっくりですね。それも(三大都市圏ではありますが)地方で考えるのだそう。しかも用いる題材は成年向け漫画……これは興味深いではありませんか。簡単な案内を載せておくこととしましょう。

 「マジメニエロマンガヲヨマナイト」

 7月15日(日) 13時45分 名古屋大学駅2番出口集合

          14時00分 名古屋大学学生会館第4集会室にて開始

 参加希望の方は、小文化学会のメールアドレスのほうにその旨をメールしていただければと思います。またはTwitterアカウントにDMしてくださってもOKです。当日の飛びこみ参加も大歓迎! 他大の方も大歓迎! みなさんの参加を、心よりお待ちしております。 

 

 

 

*1:ソースはこちらのブログです。最終閲覧日2018年7月10日:http://hasiramatu0605.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_317c.html

*2:https://toyokeizai.net/articles/-/228325