小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

重なる空想と現実――『サクラクエスト』の時空間

 すっかり寒くなって2017年秋アニメも終盤に差しかかってきました。この1年もあっという間に過ぎてしまい、振りかえる暇もありません。当記事が2017春夏アニメの感想なのに、今になって投稿されているのも矢の如き時間のせい……と責任転嫁もほどほどにして、そろそろ本題に入りましょう。

 『サクラクエスト』のキービジュアルが最初に公表されたのはちょうど1年前になります。P.A.WORKSの“お仕事シリーズ集大成”と銘打たれたこの作品に、私は「お仕事シリーズ」第1弾である『花咲くいろは』を重ね、どんな内容なのかと期待を寄せました。もともとP.A.WORKSの作品はよく見ていて、そのうえ『花咲くいろは』はゆかりのある石川県が舞台だったので、とても懐かしく、面白く見ていましたし、劇場版が上映された際には映画館にも足を運びました。『SHIROBAKO』は残念ながら見られずじまいでしたが、アニメの制作現場を描いて好評だったようですね。「お仕事シリーズ」というコンセプトの視点に立ってみた場合、もしかしたら『花咲くいろは』よりも視聴者には親しみやすかったのかもしれません。

 ※以下、作品の内容を含む記述があります

 まずは全25話の流れを簡潔に追ってみましょう。主人公である短大2年生の木春由乃はひょんなことから間野山にある廃れたミニ独立国「チュパカブラ王国」の2代目国王に就任します。東京での就職にこだわっていた由乃は脱走も試みますが、結局は国王を1年間続けることを決意。4人の主要キャラクターと共に地域の伝統工芸の活用や映画のロケ地使用、お見合いパーティー、人気バンドの野外ライブ開催と奮闘し、ここまでがだいたい1クール目となります。

 2クール目は各員が短い夏休みを終えたところから始まり、限界集落をめぐる問題に向きあい、そこでかつて高齢者に配られたタブレット使用によるネット上のコミュニティ形成という解決策に至ります。この一件と前後して由乃たちは50年前に行われなくなった「みずち祭り」の存在を知り、その復興に向けて奔走する過程で由乃にかかわる人々は過去やふるさとである間野山と向きあいます。実は間野山には隣の富倉との合併話が持ちあがっており、地域振興どころか自治体としての間野山がなくなるやもしれない事態に直面していたのです。観光協会会長の門田丑松は登場人物のひとりの故郷との姉妹都市提携によって「危機」を打開しようと画策し、なんとか交渉に成功。将来の見通しがついたところで丑松はチュパカブラ王国の解散を決意。今後は間野山にある独自の文化を尊重することを誓います。そして由乃を含めた5人はおのおの違う明日へ進んでいく……というところで話は終わりです。

 見終わって私は疑問を抱きました。なぜ、南砺ではなく「間野山」なのだろうか。南砺市P.A.WORKSの所在地で、間野山のモデルとなっています。南砺はよくある平成の大合併で新しくできた市なので、それぞれの地域の独立性が高く、人口約5万という設定は合致するものの、これといった中心市街地はなく、強いていえば福光や城端といった各旧町が相対的にみて規模の大きい街です。しかし、アニメではこういった経緯が省略され(もしくはそもそも存在せず)、あくまで間野山市というひとつの自治体の設定になってしまった。現在の南砺は御多分に漏れず人口減に悩んでいるのですが、作中で間野山の(南砺においては合併後の)人口約5万という数字だけがキャラクターの悲哀に満ちた語気で視聴者に伝えられると、大都市圏、地方問わず多くの方はこう言いたくなったと思います。「いや、5万って多いでしょ」と。衰退していることを象徴づけるために富倉市(モデルは富山市と思われます)との合併が出てきますが、現実の南砺は上記のとおり平成の大合併で新しくできた市なので、そうなる可能性は低いです。たとえ間野山がそういう設定でないにせよ、市同士が合併する例は政令指定都市を目指す場合以外ではほぼ皆無だったので、リアリティが低く、取ってつけたようになってしまった。

 結局、作中で出てきた実在する地名は金沢(石川県金沢市)と、最終話で由乃が乗った列車の方向幕に表示された高岡(富山県高岡市)のみでした。間野山彫刻も明らかに井波彫刻がモデルですが、そういった背景は無くされています。なぜ富山は富倉となったのに、方向幕の地名は高岡のままだったのか、金沢は金沢のままだったのか。当初はその現実と非現実のちぐはぐさに違和感を覚えていました。

 やきもきした私が南砺市と間野山市の姉妹都市締結調印式のニュースを聞いたのは、最終話を見終わった直後でした。実在する都市と架空の都市が姉妹都市締結をするという非常に意欲的な取り組みは、P.A.WORKSが目指すアニメによる地方創生の一環で、調印式では東宝のプロデューサーと南砺市長が著名に参加。また、地元メディアの報道では、2018年4月よりアニメ内の桜池のモデルとなった桜ヶ池の桜が咲き誇る風景の再生のためのプロジェクト「桜ヶ池クエスト」と、アニメによる観光・地域振興を考える「間野山研究学会」を開始、発足させることも同時に発表されたとのことです。

 もしかしたら、見方を変えるべきかもしれない。上記の一報を読んでそう思った理由は、間野山は南砺ではないからです。当然のことに何を驚いているのかと訝しがられるでしょうが、アニメにおける空間は現実の空間と一致するわけではなく、それでいながら「現実の空間」であることが多いため、間野山と南砺のような関係性は珍しいのです。

 いままでのアニメを例にしてちょっと考えてみましょう。聖地巡礼という視点から思いおこすと、ぱっと浮かぶのは『らき☆すた』や『けいおん!』です。前者はキャラクターたちの日常の舞台である埼玉県が聖地となっています。ちょうど放映から10年が経ち、各ネットメディアでは北葛飾郡鷲宮町(現久喜市)をはじめとした聖地の現状に焦点をあてた記事が掲載されました。いずれも衰えない「巡礼者」数と、その理由や様相の変化について書かれています。後者は主人公たちの通う高校のモデルとなった滋賀県犬上郡豊郷町にある豊郷小学校の校舎が代表的な聖地で、そのほかは京都府に集中しています。もう一例挙げると、『たまゆら』は主人公とその友人の交流を描いた作品で、広島県竹原市を舞台としています。主人公は幼少期に訪れたことはあったものの、ずっと首都圏で暮らしており高校入学を機に竹原へと引っ越してきたため、ほとんど街にはなじみがありません。友人たちとの交流のなかで、街の風景は折に触れて印象的に語れています。たとえば、普明閣は建造物の美しさはもちろん、竹原の街を一望できるため、場所の明示性も高いです。

 3作品はいずれも聖地巡礼において成果を残しています。『らき☆すた』は聖地のひとつである鷲宮神社にたくさんのアニメをきっかけにした参拝客が訪れ、『けいおん!』は1期から10年近く経っても豊郷小学校に足を運ぶ巡礼者がいて、『たまゆら』の竹原市では登場するキャラクターにちなんだお祭りを今年も開催しています。作品の放映が終わっても、ちゃんと聖地として機能しているわけです。もちろんピークはあるでしょうが、最大でどれだけの人が来たかよりもいつまで聖地としての魅力を持てるかが、長期的に見れば重要になると思われます。

 とはいえ、聖地としての実績は堅実であってもその性質、つまりアニメとの関係性は三者三様です。アニメと聖地の関係を整理してみると、前提として作品の舞台があります。どうしても視聴者は提示された舞台がキャラクターたちの生活空間であり、そうであるがゆえに生活空間を聖地空間(対比を際立たせるために以下の説明では便宜的にそう呼称します)と錯覚してしまいがちですが、この両者は微妙に異なり、そもそも生活空間は後述するように主人公のまなざしを中心に規定されるもので、厳密な生活空間が(少なくとも物語の導入部では)ない場合もあります。具体的に考察してみましょう。

 『らき☆すた』の主人公たちの生活空間と聖地空間は同一です。ここでいう生活空間とは、主要キャラクター(特に主人公)がそこに長いあいだ居住している状態、要は地元であるとまなざしている空間で、同時に彼女たち(どの作品も基本的に定まった複数の少女のみで物語が進行する「日常系」と呼ばれるジャンルです)が移動可能な空間であるということです。多くの視聴者(=巡礼者)にとって作品の舞台である生活空間はなじみが薄いか無縁の場所なので、そのまま聖地としてみることができるわけです。鷲宮神社はキャラクターたちのまなざしでも非‐生活空間になりえるのでは? と思われるかもしれませんが、柊姉妹の実家であり、彼女たちもアニメ12話で手伝いをしているため生活空間とみなすことができますし、むしろマッカネルが提唱する「演出された本物」の舞台裏を垣間見るという点で、まさしくそう定められるでしょう。

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              図1 『らき☆すた』の関係性

 対して『けいおん!』の生活空間と聖地空間は同一ではありません。前述のように『けいおん!』の「聖地」は京都市に集中していますが、高校のモデルとなった「聖地」は滋賀県の、しかも京都市からは離れたところにあります。とてもじゃないけどマラソン大会を市内では開催できないし、通学路になるような場所ではない。さらに面白いのが、主人公たちは修学旅行で、ほかでもない京都に行くのです。新幹線で京都へ向かい(首都圏に住んでいるかのような錯覚を抱かせながら)、「近所」である北野天満宮金閣寺をめぐる。とはいえ彼女たちには生活空間としている空間があり、そこが舞台で、だからこそ聖地巡礼が可能になっている。視聴者は舞台と生活空間の非対称性に困惑しながらも、まちまちに分かれた聖地空間を訪ねるのです。京都アニメーションがロケハンしやすい場所を選んだと勘繰るなら、これはこれで生活空間という「演出された本物」のメタ的な舞台裏を垣間見る楽しさがあるかもしれません。

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              図2 『けいおん!』の関係性

 『たまゆら』は2作品とは異なる関係性を構築しています。主人公は当初、竹原を生活空間とはまなざしていなかった。もちろんそこで生活はしているけれども、根付いてはいなかった。ありていに言えば観光客=巡礼者だったわけです。カメラを趣味としていて、友人や観光資源としての価値が高い、美しい竹原の街並みを撮るという行為も生活空間で営まれる少女としてのまなざしより、観光客のそれに近いと見ることも可能です。『たまゆら』は主人公の高校入学から卒業までを丁寧に描いている作品で、この過程で竹原は生活空間へと変化したと考えられます。エリク・コーエンは繰りかえされる観光によって移住へと心が傾き、やがて観光した場所へ帰属していくという指摘をしていますが、『たまゆら』の主人公は最初に移住し、後発的にコーエンの指摘のような心境の変化が起こった、とみることができるのではないでしょうか。この場合はもともと竹原にゆかりがあったのでは厳密に当てはまらないにしても、なぞらえて捉えることはじゅうぶんに可能です。

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             図3 『たまゆら』の関係性

 このように同ジャンルの作品でもアニメと聖地の関係性は異なる様相を呈しています。近年の現代日本を舞台としたアニメは、多かれ少なかれ図3で示した関係性を備えていて、キャラクターのまなざしは純粋なものではなく、視聴者(=巡礼者)のまなざしが含まれています。現在(2017年秋クール)放映中の『Just Because!』は、福岡に数年間引っ越していたものの、舞台である神奈川県は主人公にとってなじみが深い地域=生活空間で、その点では図1に当てはまりますが7話が延期された際につなぎの放送として作中の「聖地」をめぐる番組、つまり公式による聖地巡礼のガイドをしたわけです。もちろんアニメを制作するにあたって制作スタッフはロケハンをされていると思われるので、図3にまったく該当しない作品はありませんが、図1の構図を意識する作品が苦肉の策とはいえメタ的な舞台裏を放映したことは、いかに再帰的なまなざしをもってアニメが製作されているかを窺える事実です。

 上記の具体的考察をまとめると、『らき☆すた』の関係性は生活空間=舞台=聖地空間かつ生活空間=聖地空間で、キャラクターと視聴者(=巡礼者)はまなざしにおいて同一ではありません。視聴者はキャラクターが平素の生活を送る空間を巡礼する際に、オーセンティックが高い、すなわち舞台裏を感じさせない観光ができます。『けいおん!』の関係性は生活空間=舞台=聖地空間ですが生活空間≠聖地空間で、聖地ひとつひとつとキャラクターの親和性は高く、シーンごとで切りとるとオーセンティックが高い観光ができるものの、聖地の総合体である生活空間を真に迫って感じることはできません。しようとしても、どうしても拭いきれない違和感を覚えます。ギデンズのいう脱埋め込みと再埋め込みが、その感覚の理由にあたると思われます。『たまゆら』の関係性は生活空間=舞台=聖地空間かつ生活空間=聖地空間で、キャラクターと視聴者のまなざしが近い、またはキャラクターが再帰的なまなざしを持っています。これは巡礼をする際には『らき☆すた』の関係性のようにオーセンティックが保証された観光ができますが、作品を視聴している際にキャラクターのまなざしから自身の持つ観光のまなざしを感じることがあると想定できます。

 そろそろ話を『サクラクエスト』に戻しましょう。既に書いたとおり、間野山という舞台は南砺ではありません。この点で『サクラクエスト』は一種のファンタジーとさえ言いあらわすことができそうですが、一見して分かるように、モデルにした実在する場所=聖地があるのです。そしてそのひとつひとつは脱埋め込みされていない、全体としてみても整合性のとれている(例外はありますが)、生活空間=聖地空間となっています。そして主人公の由乃はよそ者、まごうことなき観光客です。そもそも物語自体が地域振興に奮闘するなかでよそ者が地域の魅力を発掘するという観光的姿勢を全面に押しだしているのです。そのうえ由乃は地域に根付いて生活空間とすることなく、また新たな地域で「クエスト」をするべく出発する。キャラクターを通した視聴者の舞台へのまなざしがより鮮明な形で残される。

 放映が終わった視聴者は、巡礼者にすぐ変化しません。「桜ヶ池クエスト」に代表されるように、視聴者が聖地空間に影響されるのです。そして聖地空間である南砺市も、視聴者によって間野山に近づいていく。相互に影響しあうというわけです。その過程で視聴者自身が間野山と姉妹都市提携をした南砺市に根付いていく。根付くにも様々な形態があって、別に移住しなくてもいい。関わりつづけるだけでも交流人口として南砺市の持続に貢献します。これはあくまで予想ですし、他のアニメの例もあるので先進的な例であると野放図に称えることはしませんが、視聴者が単なる観光客として街を消費するだけで終わらないようにする試みとして、本作品はとても興味深いといえます。

 

参考サイト

エリク・コーエン 遠藤英樹訳 「観光経験の現象学

http://ci.nii.ac.jp/els/contents110000474986.pdf?id=ART0000859721(2017年12月4日)

河嶌太郎「アニメ「サクラクエスト」の間野山市と南砺市姉妹都市提携 期待と課題」https://news.yahoo.co.jp/byline/kawashimataro/20171014-00076900/(2017年12月2日)

    「「らき☆すた」放送10周年 聖地巡礼は今も大人気」

https://news.yahoo.co.jp/byline/kawashimataro/20170818-00074646/ (2017年12月3日)

まつもとあつし「らき☆すたの聖地・鷲宮が10年経っても安泰な理由」

http://ascii.jp/elem/000/001/408/1408712/(同上日)

けいおん!聖地巡礼マップ。

https://www.google.com/maps/d/u/0/viewer?mid=1NVbOhBY68iiovzs-EpBy84WEd2k&hl=en_US&ll=35.0948693186959%2C135.87647315942377&z=9

(2017年12月4日)

サクラクエスト公式サイト「間野山観光協会http://sakura-quest.com/manoyama-kanko/ (2017年12月3日)

Jタウンネット「アニメ「らき☆すた」から10年、聖地・鷲宮はどうなったか調べてみたら...→まだまだ全然元気だった」

http://j-town.net/tokyo/column/gotochicolumn/240710.html?p=all (同上日)

たまゆら~卒業写真~公式サイト「ももねこ様祭2017詳細発表」

http://tamayura.info/news/2468.html(同上日)

まんたんウェブサクラクエスト:「花咲くいろは」「SHIROBAKO」に続く“お仕事シリーズ”新作アニメ 17年4月スタート」

https://mantan-web.jp/article/20161207dog00m200037000c.html (2017年12月2日)