小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

「聲の形」感想――ハレとケガレの観点から

 Twitterのほうで告知したとおり、2回目の鑑賞を終えたので感想を書きたいと思います。原作未読でもかなり端折ったのだとわかる内容だったため、登場人物の心情や関係の変移についてはあまり言及しません(そもそもできません)。今回はマクロな物語の流れから、この映画が何を描写したのかを考えていきます。

 

 本論に入る前に前提となる知識を整理します。「ハレ」、「ケ」、「ケガレ」という単語は皆さんも一度は耳にしたことがあるはずです。「ハレの日」は、外の日とは異なる特別な日であることを強調する「聖なる時間」です[1.22P]。民俗学用語であり、現在でもその感覚が日本人の意識の基層にあることは例を提示するまでもないでしょう。「ケの日」はさしずめ日常です。この「ケの日」を経るにつれて穢れが蓄積し、「ケガレ」になるというアプローチもできなくはありませんが、それに従うと「ハレ」と「ケガレ」の関係性の説明がつかなくなってしまいます。それはいったい、どのようなものでしょうか。

 そもそも「ケガレ」とは何か。いうまでもなく「ケの日」、日常とは異なるものです。死や災害があてはまりますが、特筆すべきは生理、出産といった「生」のイメージに結びつけられるものも含まれるということです。これは血忌習俗から連想されたと思われますが、つまり単純にマイナスな、ネガティヴな事象がそれにカテゴライズされるわけではないのです。「聖」には「清浄」、「不浄」の両極端な面があり、かつ線引きは曖昧だというわけです(具体例は参考文献.1をお読みください)。しかし、ここでは何が清浄で何が不浄かについては考えません。話が脱線してしまいます。

 要するに、「ハレ」と「ケガレ」は本質的には同類であり、現象から見ると相対する概念なのです。「ハレ」とは「ケガレ」を浄化するための装置としての役割があり、そのことから「ハレ」と「ケガレ」が連続して起きることがわかります。

 以上が本論への導入となります。さて、なぜこの概念を持ちだしたかというと、「聲の形」はそれを非常に想起させる内容だったからです。※以下、本編内容にかかわる記述となります。

 

 この作品は大きくわけて2つの違う「流れ」を描いています。小学校時代と、高校時代。これらの時代は、主人公である石田を主観にしてみるとまるで違う価値観、思考、行動を基にして流れています。小学校時代の「ケ」は、クラスという「共同体」として訪れた異邦人、殊に「耳が聞こえない」という自身と異なる存在(西宮)を排除する者として過ごしていました。小学校時代は石田の「ケ」とその変化の描写に徹しています。西宮へのいじめの発覚、そしてクラス内での地位の転落は死=ケガレとも読めますが、これはあくまでも「ケ」の変化とするのが妥当でしょう。そのケガレを祓う「ハレ」が訪れなかったからです。誰とも会話をせず、目を合わせないことが「日常」、つまり「ケ」になる。それは中学になってからも続き、高校でも変わることなく「ケ」のままであり続けます。

 高校三年生の春、石田は自らその「ケ」に終止符を打とうと試みます。それは行為自体を捉えれば「ケガレ」ともいえますが、石田が自身を「生きてはいけない存在」、つまり不浄な、穢れた存在だと自覚していたことを加味すると「ケガレ」を自殺という形で祓おうとした、一種の「ハレ」とも考えられます。結局、これは失敗し石田の「ケ」は続行するのですが、皮肉にも「ハレ」の失敗によりそれに変化が起きます。

 「ハレ」の一環として再会した西宮とは、死ななかったことにより交流が始まります(原作では過程が微妙に違いますが、あくまで今回は映画のシナリオに準拠します)。高校では永束、川井、真柴と、西宮の希望で佐原、そして植野が石田を中心とした交流を深めていきます。これは小学校の時のコミュニティが復活したわけではなく、新たなコミュニティのなかに小学校の同級生がいたということです。この不完全さが、石田の「ケ」を変化させていくと同時に、その破壊を引きおこしたのです。

 夏休みの様々なところへ遊びに行こうと西宮を誘った石田は、無意識に枯れゆく「ケ」を保とうとしていたのかもしれません(とはいえ、行先に養老天命反転地を選んだのを荒川修作の思想を汲んで「死なない」=「ケガレ」への対抗と捉えるのは深読みが過ぎるでしょう)。西宮はそのなかでも自身の存在について悩み、結果としては春先の石田と同じように自身をコミュニティの害である、すなわち穢れであると考え、その総括としても同じ行動をとったのです。これは石田によって防がれましたが、西宮の代わりに石田が転落し、生死の境を彷徨います。

 この石田の死に近づいた、いってみれば疑似的な死をどう見るか。安直に「死」としてもよいですが、それは疑似的なものであって、事実ではありません。分類すれば「ケガレ」であることに変わりはないと思います。しかし、私は同じ「ケガレ」でも「生」、すなわち誕生と捉えたい。

 いったん物語の考察から離れますが、かつて人々が祭り(「ハレ」)を行う際には斎戒(モノイミ)をしました。これは祭りの当事者が俗(「ケ」、もしくは「ケガレ」)から離れるために、数日間特定の場所に籠るのです。願掛け、というとその行動に込められた意味がわかるでしょう。非日常的なことをする人間が日常から隔離された場所に一時的に住むのは、出産の際に用いられた産屋にもあてはまることです。牧田茂は、『日本人の一生』のなかで産屋での出産は産屋自体を胎内に見立てて子を産む力を蓄える手段であったという自論を展開しています。

 石田は西宮の住むマンションのベランダから転落したのち、入院します。この期間が斎戒だったのではないでしょうか。産屋としての病室にいるあいだ、自分の思いを素直に西宮へ伝えることができる、自己嫌悪に陥らずに生きることを考えられる「新たな石田」へ生まれかわった。もちろん彼が属したコミュニティも、西宮の行動によって繋がりを再生させた。「聖」には「清浄」、「不浄」の両極端な面があり、かつ線引きは曖昧、と冒頭で書きましたが、このように正反対のことは表裏一体であることはままあります。もちろん、「生」と「死」もその一例です。石田の転落は、一見すると「死」ですが、実は「生」の始まりだったのです。

 「ケガレ」が上記の出来事とすると、「ハレ」はなんでしょうか。問うまでもなく、文化祭でしょう。これは本来の祭りが持っていた機能がすっかり脱落した抜殻ですが、むしろ日常と異なる特徴を強調している点ではよりその意味合いが強まっています。そこで石田によるコミュニティはふたたび繋がります。フィルムの端の先にあるのは変わらない日常、すなわち「ケ」なのです。

 「ハレ」、「ケ」、「ケガレ」はフィクションのなかであっても、その具体的な内容に差異はあれど存在します(人々の暮らしや習慣を体系的にまとめたのが民俗学であり、フィクションは人々の生活を描いているのだからある意味当然です)。しかし、アニメのジャンルには「ケ」を永久に続けていくものがあります。いわゆる「日常系」ですね。これに関してもいつか記事を書こうと思います。

 

 

 

・参考文献

1.波平恵美子(1988年) ケガレの構造 青土社